624 / 812
ももいろ
しおりを挟む
ボブヘアを揺らしながら、稲荷様の目の前にいるそれは難しそうな顔をした。濃い桃色の瞳が険しく細められる。
「…わたくしの名前は参事 読。貴方のいる国では三途の川と呼ばれる死者の経路と、黄泉の国と呼称されるこちら側の世界を司る者。そうねぇ、魂の管理とその転生についてのあれこれを決めるのがわたくしの仕事だもの。融通しようと思えば出来るわね」
「! なら!」
「ただ」
反射的に声を上げた稲荷様の言葉を切るように、読様は続ける。
「それは駄目なの」
無情にも告げられたその一言に、稲荷様がひゅっと息を呑む。唇を噛み、何故だ、と小さく問い掛けた。
「全ての生き物、全ての世界を管理するわたくし達が、一つのものに肩入れして良い結果が得られると思うの?」
稲荷様はぎゅっと口を噤み、悔しそうに首を横に振った。どうやら2柱の記憶には、良い結果にならなかった事例が思い浮かんでいるらしい。私も虹との出来事を経ているため、神が何かに固執することは良くないことだとわかっている。
「…貴方の気持ちは分かるわ。あと僅かに早ければ使が得られたのだもの。使となれば理は彼方の世界ではなく、わたくし達のものが適用される。それなら貴方がその使候補に肩入れしても誰も文句は言わなかった。けれど駄目。終わったことに遡るのは、時の神以外には許されていないわ」
先程忙しいと称していた魂の管理帳簿であろう紙束から目を離し、正した姿勢ではっきりと告げる。あまりにも正しいその言葉は、理不尽に生を奪われた彼女に新たな生を与えようとしている稲荷様にとって、痛みでしかなかった。
「…それでも…………わたしはあの者に約束をしてしまったから」
「約束?」
「『お主が来てくれると嬉しい』と、必要だと告げた。そして喜ぶ彼の者の顔を見た。同種族に虐げられ苦しんだあの者の、毎日祈ってくれる彼奴の、初めて見た顔だった」
稲荷様の言葉に、今度は読様が言葉を止める。頷いて、その意味を咀嚼する。苦い顔をした読様が稲荷様に手をかざすと、桃色の光がじわじわと広がっていく。まるで泡沫が霧散していくかのように、柔らかい光は弾け飛んでいく。そんな光景がしばらく続いた後で、読様が長い息を吐いた。
「…それはさぞ辛い光景だったでしょう」
困り顔で呟く読様の手には、他の帳簿と同じように丸まった巻物があった。どうやらその帳簿の中に、稲荷様の記憶が綴られているらしい。
「事情はわかったわ。けれど、わたくしの一存では…」
繰り返される諭しの言葉に、稲荷様がうんざりした様子を浮かべた時だった。
「なので貴方がたが本当に主と使という関係に相応しいか、試練を行いましょうか」
ぱっと顔を上げた稲荷様の赤い瞳には、悪戯っぽく笑う読様の顔が映っていた。
「…わたくしの名前は参事 読。貴方のいる国では三途の川と呼ばれる死者の経路と、黄泉の国と呼称されるこちら側の世界を司る者。そうねぇ、魂の管理とその転生についてのあれこれを決めるのがわたくしの仕事だもの。融通しようと思えば出来るわね」
「! なら!」
「ただ」
反射的に声を上げた稲荷様の言葉を切るように、読様は続ける。
「それは駄目なの」
無情にも告げられたその一言に、稲荷様がひゅっと息を呑む。唇を噛み、何故だ、と小さく問い掛けた。
「全ての生き物、全ての世界を管理するわたくし達が、一つのものに肩入れして良い結果が得られると思うの?」
稲荷様はぎゅっと口を噤み、悔しそうに首を横に振った。どうやら2柱の記憶には、良い結果にならなかった事例が思い浮かんでいるらしい。私も虹との出来事を経ているため、神が何かに固執することは良くないことだとわかっている。
「…貴方の気持ちは分かるわ。あと僅かに早ければ使が得られたのだもの。使となれば理は彼方の世界ではなく、わたくし達のものが適用される。それなら貴方がその使候補に肩入れしても誰も文句は言わなかった。けれど駄目。終わったことに遡るのは、時の神以外には許されていないわ」
先程忙しいと称していた魂の管理帳簿であろう紙束から目を離し、正した姿勢ではっきりと告げる。あまりにも正しいその言葉は、理不尽に生を奪われた彼女に新たな生を与えようとしている稲荷様にとって、痛みでしかなかった。
「…それでも…………わたしはあの者に約束をしてしまったから」
「約束?」
「『お主が来てくれると嬉しい』と、必要だと告げた。そして喜ぶ彼の者の顔を見た。同種族に虐げられ苦しんだあの者の、毎日祈ってくれる彼奴の、初めて見た顔だった」
稲荷様の言葉に、今度は読様が言葉を止める。頷いて、その意味を咀嚼する。苦い顔をした読様が稲荷様に手をかざすと、桃色の光がじわじわと広がっていく。まるで泡沫が霧散していくかのように、柔らかい光は弾け飛んでいく。そんな光景がしばらく続いた後で、読様が長い息を吐いた。
「…それはさぞ辛い光景だったでしょう」
困り顔で呟く読様の手には、他の帳簿と同じように丸まった巻物があった。どうやらその帳簿の中に、稲荷様の記憶が綴られているらしい。
「事情はわかったわ。けれど、わたくしの一存では…」
繰り返される諭しの言葉に、稲荷様がうんざりした様子を浮かべた時だった。
「なので貴方がたが本当に主と使という関係に相応しいか、試練を行いましょうか」
ぱっと顔を上げた稲荷様の赤い瞳には、悪戯っぽく笑う読様の顔が映っていた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
お父様の相手をしなさいよ・・・亡き夫の姉の指示を受け入れる私が学ぶしきたりとは・・・
マッキーの世界
大衆娯楽
「あなた、この家にいたいなら、お父様の相手をしてみなさいよ」
義姉にそう言われてしまい、困っている。
「義父と寝るだなんて、そんなことは
家政婦さんは同級生のメイド女子高生
coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。
俺達は愛し合ってるんだよ!再婚夫が娘とベッドで抱き合っていたので離婚してやると・・・
白崎アイド
大衆娯楽
20歳の娘を連れて、10歳年下の男性と再婚した。
その娘が、再婚相手とベッドの上で抱き合っている姿を目撃。
そこで、娘に再婚相手を託し、私は離婚してやることにした。
連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る
マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。
思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。
だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。
「ああ、抱きたい・・・」
俺の家には学校一の美少女がいる!
ながしょー
青春
※少しですが改稿したものを新しく公開しました。主人公の名前や所々変えています。今後たぶん話が変わっていきます。
今年、入学したばかりの4月。
両親は海外出張のため何年か家を空けることになった。
そのさい、親父からは「同僚にも同い年の女の子がいて、家で一人で留守番させるのは危ないから」ということで一人の女の子と一緒に住むことになった。
その美少女は学校一のモテる女の子。
この先、どうなってしまうのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる