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きみどりいろ
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しん、と静まり返った。重い沈黙に耐えきれず少女が視線を動かすと、稲荷様は首を傾げて怪訝そうな顔を浮かべている。
『違う、とは?ヒトであることに変わりなかろう』
心底分からないといった様子に、少女は戸惑いを浮かべる。口に出すのも嫌だろうに、自身で考えた虐げられる理由をぽつぽつと語り出す。
「わ、たし…髪が黒くなくて、目も赤いから…みんなと違くて…災いの種だって…」
『わたしも同じ色なのだが?』
稲荷様の言葉に、少女は弾かれるように顔を上げた。確かに稲荷様の髪は稲穂色をしており、金髪に近い。瞳も赤色であり、朱色の少女の瞳とよく似ている。多少の色味の違いはあれど、黒髪黒目で統一された村人たちよりも似た色を持っていることは確かだ。
『おかしなことを言うものだな。神と崇め願いを告げる相手と同じ色素を持つ者は虐げるなど、理解に苦しむ。何がしたいのだ、彼奴らは』
そんな違いなどはただの言い訳であり、何かしらのいちゃもんをつけて当たりたいだけなのだろう。相手がどんな人間かなんて関係ない。人が集まれば必ず上下関係を作る。自尊心を保つために下を見たいのだ。自分勝手な生き物である。
けれどそんなこと、まだ齢5歳程度の少女には分からない。もしかしたら本能的に理解しているかもしれないが、言葉に表すのは難しいだろう。ヒトの考えを理解出来ない稲荷様に説明するのは、更に困難を極める。だから相互に説明も理解も出来ず、また長い沈黙が訪れた。
『…ふむ。しかしヒトとはか弱きものなのだろう?こんな雨風に当たる場所にいれば簡単に死んでしまうのではないか?』
稲荷様が口を開き、話題を変える。けれど少女は他に行く当てはないと首を横に振った。
『ならば本当に彼奴らとは違う存在になるか?』
意地悪く稲荷様は口角を上げた。どういうことかと意図を掴みかねている少女に、くすくすと笑い掛ける。
『お主は奴らより我らに近しいもの。奴らは簡単にそれらしい理由をつけて納得するだろうしな』
そこで言葉を切ってから、稲荷様は少女に手を差し出した。
『お主、我が"使"とならないか?』
「つ、か…い…?」
『そうだ。何と説明したものか。わたしの側に来て、わたしの世話をしたり仕事をしたりするのだ』
「仕事?」
『そう。わたしはヒトのことが知りたいのだ。話し相手になったり、調べに行ったり、そういうことをしてくれるだけで構わない。疲れ、というのがわたしにはあまりよく分からないが、教えてくれれば考慮しよう。どうだ、悪い話ではなかろう』
まるで悪徳詐欺師のような言い方になっているが、稲荷様は本心からそう思っているのだろう。1年近く付き合って来た私は、素直に心の底からそう思った。
急な申し出に少女は困惑の色を浮かべ、視線を右往左往させる。口の開閉を繰り返した後で、覚悟を決めたように呟いた。
「…私、が、必要…なの…?」
稲荷様は驚いたようにまん丸に目を見開いた後で、優しく細めた。
『あぁ、お主が来てくれると、とても嬉しい』
稲荷様が少女の手を取ると、淡い黄緑色の光が溢れたような気がした。
『違う、とは?ヒトであることに変わりなかろう』
心底分からないといった様子に、少女は戸惑いを浮かべる。口に出すのも嫌だろうに、自身で考えた虐げられる理由をぽつぽつと語り出す。
「わ、たし…髪が黒くなくて、目も赤いから…みんなと違くて…災いの種だって…」
『わたしも同じ色なのだが?』
稲荷様の言葉に、少女は弾かれるように顔を上げた。確かに稲荷様の髪は稲穂色をしており、金髪に近い。瞳も赤色であり、朱色の少女の瞳とよく似ている。多少の色味の違いはあれど、黒髪黒目で統一された村人たちよりも似た色を持っていることは確かだ。
『おかしなことを言うものだな。神と崇め願いを告げる相手と同じ色素を持つ者は虐げるなど、理解に苦しむ。何がしたいのだ、彼奴らは』
そんな違いなどはただの言い訳であり、何かしらのいちゃもんをつけて当たりたいだけなのだろう。相手がどんな人間かなんて関係ない。人が集まれば必ず上下関係を作る。自尊心を保つために下を見たいのだ。自分勝手な生き物である。
けれどそんなこと、まだ齢5歳程度の少女には分からない。もしかしたら本能的に理解しているかもしれないが、言葉に表すのは難しいだろう。ヒトの考えを理解出来ない稲荷様に説明するのは、更に困難を極める。だから相互に説明も理解も出来ず、また長い沈黙が訪れた。
『…ふむ。しかしヒトとはか弱きものなのだろう?こんな雨風に当たる場所にいれば簡単に死んでしまうのではないか?』
稲荷様が口を開き、話題を変える。けれど少女は他に行く当てはないと首を横に振った。
『ならば本当に彼奴らとは違う存在になるか?』
意地悪く稲荷様は口角を上げた。どういうことかと意図を掴みかねている少女に、くすくすと笑い掛ける。
『お主は奴らより我らに近しいもの。奴らは簡単にそれらしい理由をつけて納得するだろうしな』
そこで言葉を切ってから、稲荷様は少女に手を差し出した。
『お主、我が"使"とならないか?』
「つ、か…い…?」
『そうだ。何と説明したものか。わたしの側に来て、わたしの世話をしたり仕事をしたりするのだ』
「仕事?」
『そう。わたしはヒトのことが知りたいのだ。話し相手になったり、調べに行ったり、そういうことをしてくれるだけで構わない。疲れ、というのがわたしにはあまりよく分からないが、教えてくれれば考慮しよう。どうだ、悪い話ではなかろう』
まるで悪徳詐欺師のような言い方になっているが、稲荷様は本心からそう思っているのだろう。1年近く付き合って来た私は、素直に心の底からそう思った。
急な申し出に少女は困惑の色を浮かべ、視線を右往左往させる。口の開閉を繰り返した後で、覚悟を決めたように呟いた。
「…私、が、必要…なの…?」
稲荷様は驚いたようにまん丸に目を見開いた後で、優しく細めた。
『あぁ、お主が来てくれると、とても嬉しい』
稲荷様が少女の手を取ると、淡い黄緑色の光が溢れたような気がした。
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