神様自学

天ノ谷 霙

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3月2日 第3勢力

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「…え?」
「えー…っと?」
「え?えぇ??」
「何それ?」
先程まで対立していた両軍が、仲良く困惑している。私も聞いたことのない派閥に首を傾げていると、「あぁ、あれか」と小野くんが何かに納得したかのように頷いた。
「喜岡、"星空"派ってもしかして、"ほしぞらの海"か?」
「そう!すっごく美味しいんだよ。深沙はあれ好きだったんだけど、そういえば最近食べてないなー」
「だろうな」
小野くんは肩をすくめて苦笑いを浮かべる。その2人の様子を見ていた他の人は、説明を求めて困惑した視線を小野くんに向けた。
「ナッツがいっぱい入ってて、ザクザクで、とーっても美味しいんだよ」
そんな静まり返った教室の中でも、深沙は能天気に話を続ける。確かに話を聞いた限りではとても美味しそうだが、"ほしぞらの海"というお菓子を聞いたことがない。それだけレアな存在なのだろうかと食欲がそそられるが、何故か小野くんは微妙な顔だ。
「海斗?」
それに気付いた由芽が声を掛けると、小野くんは呆れと恐れを滲ませたかのような表情を浮かべて、遠い目をした。
「硬くて歯が欠ける」
「え?」
「飲み込めない」
「うん?」
「顎が外れた」
「ひぇっ」
小野くんが急に並べ始めた文章は、どれも恐ろしいもの。何故唐突に、というツッコミはその次の言葉で掻き消された。
「そういう事件とクレームが多発してすぐに販売停止になった、幻の第3勢力だな」
恐ろしすぎないか。どうして発売してしまったんだ。そんなツッコミを飲み込みつつ、それを好きだったとあっけらかんと話す深沙に視線が向く。
「確かに硬かったけど、販売停止になってたんだね」
残念そうに呟く深沙は、それだけ事件を起こした"ほしぞらの海"を平然と食べていたらしい。その強靭な歯と顎こそが、そのお菓子よりもよっぽど怖い。
「だから"星空"派って言っても誰も分かってくれなかったんだね。知ってる人初めて見た」
のほほんと喜ぶ深沙は、どうやらそのお菓子の凶暴さを理解していないらしい。まぁ良いか、と苦笑いを浮かべて教室をぐるりと見回すと、"太陽"派も"満月"派も青褪めて意気消沈してしまっている。ぶっ飛んだお菓子を好む第3勢力によって、争いの意思はなくなったようだ。
「霙、霙」
「うん?」
隣にいる霙に耳打ちすると、瞳を輝かせてすぐに大声を出した。
「いいね!停戦協定ついでにお菓子パーティしよう!」
霙の声に、硬直していた両軍もはっとする。適当な机に"たいようの泉"と"まんげつの湖"を並べ、両軍入り乱れながらお菓子を味わう。
「うん、やっぱり両方美味しいよ」
また言い争いが始まった場所もあるが、そこには深沙を向かわせることで事なきを得るようになった。
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