神様自学

天ノ谷 霙

文字の大きさ
上 下
606 / 812

3月1日 もう一つの後悔

しおりを挟む
落ち着いたらしい青海川くんは、世間話の体を引っ提げて私にだけわかるように謝罪と感謝を伝えて来た。雪の日に囚われていたのは前世の記憶だけでなく自分もだったと、自嘲しながら話していた。
最初に排斥されたのが、雪の日だったと。
自分の中に眠る記憶が何を表すのかわからなかった青海川くんは、無意識にその文字をノートに書き出していた。達筆な字で見知らぬ漢字を書く彼を、周囲はどう思っただろうか。最初は凄いと囃し立てるものの、それが何度も続けば嫉妬の情も浮かんでくる。本人に自覚がないのなら余計にそれは虚しさを煽り、同時に気味の悪いものとして忌避するようになる。それだけでも孤立に近付いていたのに、青海川くんはこんなことを話してしまったという。
「和室の中で、何枚も紙に書いた。いろんなところを旅した。服は今と違って、変な形だった」
服の詳細を話す中、頭の良い子がかなり古い服装との類似点を見つけて話す。その特徴はまさに青海川くんの記憶に合致して、肯定した。するとまだ仲の良かった男子が揶揄うように「何だそれ、前世の記憶ってやつか?」と笑ったらしい。しかしこの発想が、青海川くんにとって初めてすとんと落ちた。1人納得して受け入れた彼に対し、そんな突拍子もない考えを本当のことのように話すのかと周囲の人々はドン引きした。魔法も神様もお伽話となりつつある世界で、科学とかけ離れた事柄は理解不能の畏怖対象だ。そうして怖がられてしまった青海川くんは、次の日からヒソヒソと後ろ指をさされ、誰とも関わることがなくなったのだという。
「誰に話しかけても逃げられるばかりで、おれはどうして避けられるのか分からなくて、ただ悲しかった。あの日窓から見えたのは、曇り空から落ちる白い雪で。だから余計に雪の日に苦手意識が向いたんだと思う」
すっかり晴れた空を窓越しに見上げながら、青海川くんはそんな過去を話した。随筆家の罪悪感が元になっていると思われたあの痛みや苦しみには、青海川くん自身の後悔の念も含まれていたのだ。通りで強すぎる。私だけでなく恋音こいねさんまで苦しむだけのことはある。人の想いとは、それだけ複雑で強くて、簡単に解くことは出来ないのだ。
「夕音ちゃん、青海川くん!」
深沙ちゃんが駆け寄って来る。どうやらすれ違った先生に、次の時間は化学室で行うと連絡を受けたらしい。テスト返しだろうにわざわざ、と思わなくもないが、何かしらの思惑があるのだろう。素直に従うため、学級委員の2人にでも伝えるかと教室に入ろうとした時のことだった。
「外、凄い良い天気だねー」
窓を振り返った深沙ちゃんが告げる。昨日の夜までチラチラと雪が降っていたというのに、確かに今はそれらもほとんど溶けて太陽が顔を覗かせている。
「そうだね。雪も全部溶けてる」
「深沙、雪の次の日の晴れって好きなんだ」
「どうして?」
「だって、すっごくキラキラしてるでしょ?雪の形はもうないのに、雪があったんだってわかるの。それって凄くない?」
もう目の前に貴方が居なくても、記憶の中には。
深沙ちゃんの言葉に青海川くんが何を思ったのかは分からないが、大きく目を見開いて、ふっと笑った。
「…そうだね。見えなくても、そこにあるんだよね」
「うん!」
深沙ちゃんは満面の笑みを返して、そのまま由芽の元へと向かう。号令を掛けてもらうつもりらしい。
深沙ちゃんの背中を追う青海川くんの青緑の瞳は、優しく細められていた。
もうすぐ、春がやって来る。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

未亡人クローディアが夫を亡くした理由

臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。 しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。 うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。 クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。 ※ 表紙はニジジャーニーで生成しました

丘を越えたり、下ったり(仮)

ムギオオ
青春
 アルバイト暮らしの25歳の主人公、古川 晴一は毎日ありきたりな生活を送るが、ある日友人と丘にある壁画を見に行ったことで奇妙な事が起こり始める。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

俺のバッドエンドが彼女のハッピーエンドなんてあってたまるか!

めいゆー
青春
主人公・藤原湊は、ある出来事がきっかけで国が管理する学園都市にある、光明学園高等学校に入学することになったのだが、そこは、少し不思議な力を持った者(能力者)や普通の社会での生活が困難になった者達(異端者)の為の学校だった。 そんな学園での生活はいったいどんなものになるのやら・・・ ※初めての投稿なので好き勝手書いてみたいと思います。お目汚しごめんなさい|д゚)

推しの恋路応援前線!

赤いシャチホコ
青春
これは普通の男子高校生、与田佑が『推し』の恋路を応援しつつ、自身の恋路も頑張っていく青春群像劇! 中々進展しない恋の様子を是非とも見守ってください!

恐喝されている女の子を助けたら学校で有名な学園三大姫の一人でした

恋狸
青春
 特殊な家系にある俺、こと狭山渚《さやまなぎさ》はある日、黒服の男に恐喝されていた白海花《しらみはな》を助ける。 しかし、白海は学園三大姫と呼ばれる有名美少女だった!?  さらには他の学園三大姫とも仲良くなり……?  主人公とヒロイン達が織り成すラブコメディ!  小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。  カクヨムにて、月間3位

家政婦さんは同級生のメイド女子高生

coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

Bグループの少年

櫻井春輝
青春
 クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?

処理中です...