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3月1日 もう一つの後悔
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落ち着いたらしい青海川くんは、世間話の体を引っ提げて私にだけわかるように謝罪と感謝を伝えて来た。雪の日に囚われていたのは前世の記憶だけでなく自分もだったと、自嘲しながら話していた。
最初に排斥されたのが、雪の日だったと。
自分の中に眠る記憶が何を表すのかわからなかった青海川くんは、無意識にその文字をノートに書き出していた。達筆な字で見知らぬ漢字を書く彼を、周囲はどう思っただろうか。最初は凄いと囃し立てるものの、それが何度も続けば嫉妬の情も浮かんでくる。本人に自覚がないのなら余計にそれは虚しさを煽り、同時に気味の悪いものとして忌避するようになる。それだけでも孤立に近付いていたのに、青海川くんはこんなことを話してしまったという。
「和室の中で、何枚も紙に書いた。いろんなところを旅した。服は今と違って、変な形だった」
服の詳細を話す中、頭の良い子がかなり古い服装との類似点を見つけて話す。その特徴はまさに青海川くんの記憶に合致して、肯定した。するとまだ仲の良かった男子が揶揄うように「何だそれ、前世の記憶ってやつか?」と笑ったらしい。しかしこの発想が、青海川くんにとって初めてすとんと落ちた。1人納得して受け入れた彼に対し、そんな突拍子もない考えを本当のことのように話すのかと周囲の人々はドン引きした。魔法も神様もお伽話となりつつある世界で、科学とかけ離れた事柄は理解不能の畏怖対象だ。そうして怖がられてしまった青海川くんは、次の日からヒソヒソと後ろ指をさされ、誰とも関わることがなくなったのだという。
「誰に話しかけても逃げられるばかりで、おれはどうして避けられるのか分からなくて、ただ悲しかった。あの日窓から見えたのは、曇り空から落ちる白い雪で。だから余計に雪の日に苦手意識が向いたんだと思う」
すっかり晴れた空を窓越しに見上げながら、青海川くんはそんな過去を話した。随筆家の罪悪感が元になっていると思われたあの痛みや苦しみには、青海川くん自身の後悔の念も含まれていたのだ。通りで強すぎる。私だけでなく恋音さんまで苦しむだけのことはある。人の想いとは、それだけ複雑で強くて、簡単に解くことは出来ないのだ。
「夕音ちゃん、青海川くん!」
深沙ちゃんが駆け寄って来る。どうやらすれ違った先生に、次の時間は化学室で行うと連絡を受けたらしい。テスト返しだろうにわざわざ、と思わなくもないが、何かしらの思惑があるのだろう。素直に従うため、学級委員の2人にでも伝えるかと教室に入ろうとした時のことだった。
「外、凄い良い天気だねー」
窓を振り返った深沙ちゃんが告げる。昨日の夜までチラチラと雪が降っていたというのに、確かに今はそれらもほとんど溶けて太陽が顔を覗かせている。
「そうだね。雪も全部溶けてる」
「深沙、雪の次の日の晴れって好きなんだ」
「どうして?」
「だって、すっごくキラキラしてるでしょ?雪の形はもうないのに、雪があったんだってわかるの。それって凄くない?」
もう目の前に貴方が居なくても、記憶の中には。
深沙ちゃんの言葉に青海川くんが何を思ったのかは分からないが、大きく目を見開いて、ふっと笑った。
「…そうだね。見えなくても、そこにあるんだよね」
「うん!」
深沙ちゃんは満面の笑みを返して、そのまま由芽の元へと向かう。号令を掛けてもらうつもりらしい。
深沙ちゃんの背中を追う青海川くんの青緑の瞳は、優しく細められていた。
もうすぐ、春がやって来る。
最初に排斥されたのが、雪の日だったと。
自分の中に眠る記憶が何を表すのかわからなかった青海川くんは、無意識にその文字をノートに書き出していた。達筆な字で見知らぬ漢字を書く彼を、周囲はどう思っただろうか。最初は凄いと囃し立てるものの、それが何度も続けば嫉妬の情も浮かんでくる。本人に自覚がないのなら余計にそれは虚しさを煽り、同時に気味の悪いものとして忌避するようになる。それだけでも孤立に近付いていたのに、青海川くんはこんなことを話してしまったという。
「和室の中で、何枚も紙に書いた。いろんなところを旅した。服は今と違って、変な形だった」
服の詳細を話す中、頭の良い子がかなり古い服装との類似点を見つけて話す。その特徴はまさに青海川くんの記憶に合致して、肯定した。するとまだ仲の良かった男子が揶揄うように「何だそれ、前世の記憶ってやつか?」と笑ったらしい。しかしこの発想が、青海川くんにとって初めてすとんと落ちた。1人納得して受け入れた彼に対し、そんな突拍子もない考えを本当のことのように話すのかと周囲の人々はドン引きした。魔法も神様もお伽話となりつつある世界で、科学とかけ離れた事柄は理解不能の畏怖対象だ。そうして怖がられてしまった青海川くんは、次の日からヒソヒソと後ろ指をさされ、誰とも関わることがなくなったのだという。
「誰に話しかけても逃げられるばかりで、おれはどうして避けられるのか分からなくて、ただ悲しかった。あの日窓から見えたのは、曇り空から落ちる白い雪で。だから余計に雪の日に苦手意識が向いたんだと思う」
すっかり晴れた空を窓越しに見上げながら、青海川くんはそんな過去を話した。随筆家の罪悪感が元になっていると思われたあの痛みや苦しみには、青海川くん自身の後悔の念も含まれていたのだ。通りで強すぎる。私だけでなく恋音さんまで苦しむだけのことはある。人の想いとは、それだけ複雑で強くて、簡単に解くことは出来ないのだ。
「夕音ちゃん、青海川くん!」
深沙ちゃんが駆け寄って来る。どうやらすれ違った先生に、次の時間は化学室で行うと連絡を受けたらしい。テスト返しだろうにわざわざ、と思わなくもないが、何かしらの思惑があるのだろう。素直に従うため、学級委員の2人にでも伝えるかと教室に入ろうとした時のことだった。
「外、凄い良い天気だねー」
窓を振り返った深沙ちゃんが告げる。昨日の夜までチラチラと雪が降っていたというのに、確かに今はそれらもほとんど溶けて太陽が顔を覗かせている。
「そうだね。雪も全部溶けてる」
「深沙、雪の次の日の晴れって好きなんだ」
「どうして?」
「だって、すっごくキラキラしてるでしょ?雪の形はもうないのに、雪があったんだってわかるの。それって凄くない?」
もう目の前に貴方が居なくても、記憶の中には。
深沙ちゃんの言葉に青海川くんが何を思ったのかは分からないが、大きく目を見開いて、ふっと笑った。
「…そうだね。見えなくても、そこにあるんだよね」
「うん!」
深沙ちゃんは満面の笑みを返して、そのまま由芽の元へと向かう。号令を掛けてもらうつもりらしい。
深沙ちゃんの背中を追う青海川くんの青緑の瞳は、優しく細められていた。
もうすぐ、春がやって来る。
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