592 / 812
2月19日 ロッカー前での話
しおりを挟む
昨日の放課後は、羅樹と少し遊んでから夜は勉強に費やすことになった。私の学校は4日間、毎日1~3時間テストを行うという日程を取っている。来週の月曜日から木曜日までというテスト日程は、高校受験を考慮するとギリギリな気がするがそう設定されていた。今日は何の勉強をしようかとロッカー前で思案していると、視線を感じた。何かと思って顔を上げ首を動かすと、「ねぇ」とか細い声が聞こえて来た。ちょうど真反対を向いていた私は振り向き、驚く。そこにいたのは青海川くんだった。昨日は互いに困惑して有耶無耶になってしまったが、どうしたというのだろうか。青海川くんの方を向いて首を傾げると、戸惑ったように視線を彷徨わせた後で、少しだけ顔を上げた。あまり背の変わらない青海川くんは、猫背も相まって低く見える。青緑色の髪の隙間から、隈に縁取られた同色の瞳が覗いた。
一瞬、雪の木々の間を彷徨う景色が見えた。
瞬き程の短い間に見えたそれに、思わず考え込みそうになる。そんな思考を振り切るように、また小さく「あの」と声を掛けられた。目の前で薄い唇が開く。
「テストが終わったら…少し時間をください」
告げられたことは、全く予想していなかった言葉で。驚いて、答えに詰まってしまう。
「えぇと、今じゃ駄目なの?」
「他に人がいると、話しにくいから。えぇと」
困惑しながら聞き返せば、青海川くんは頷く。周囲を気にするように視線を動かした後、声を潜めて続けた。
「×××様と、舞茶さんのことで」
聞き取ることも発音することも難しい名前と、聞き覚えのあるとある従者の名前に、ハッとする。急に冷えた冬の空気に当てられたように目が冴えて、体ごと青海川くんに向いてしまった。
「どう、して」
色々と言いたいことはあったのだが、私の口から零れ落ちたのは情けなくもそんな疑問だった。
青海川くんが言った2人は、扇様と深沙ちゃんの前世だ。扇様は相変わらず国の上位に君臨する貴人であり、奥方様と呼ばれていた。深沙ちゃんこと舞茶さんはその従者であった。青海川くんは、身分差で結局結ばれることのなかった奥方様の想い人を先祖に持つ。舞茶さんから訃報を聞いた随筆家の青年。私が今までに見た記憶、記録の中には彼の目線からのものは存在しなかった。前世の記憶と交差した発言をする青海川くん、深沙ちゃん、扇様を見たことはあるが、彼らはトランス状態だったから私と花火に見られていたことなんてはっきりとは覚えていないだろう。そもそも自分が言葉を発していたかどうかさえ曖昧な筈だ。それなのに、青海川くんは私が知っている前提で、はっきりと述べて来た。驚く私に対して、安堵したように青海川くんが息を吐く。その口角が少しだけ上がっていた。
「それも、テスト後に」
それだけ言うと、青海川くんは何事もなかったかのように去ってしまった。私だけがその背中を視線で追って、呆然と立ち尽くしていた。
一瞬、雪の木々の間を彷徨う景色が見えた。
瞬き程の短い間に見えたそれに、思わず考え込みそうになる。そんな思考を振り切るように、また小さく「あの」と声を掛けられた。目の前で薄い唇が開く。
「テストが終わったら…少し時間をください」
告げられたことは、全く予想していなかった言葉で。驚いて、答えに詰まってしまう。
「えぇと、今じゃ駄目なの?」
「他に人がいると、話しにくいから。えぇと」
困惑しながら聞き返せば、青海川くんは頷く。周囲を気にするように視線を動かした後、声を潜めて続けた。
「×××様と、舞茶さんのことで」
聞き取ることも発音することも難しい名前と、聞き覚えのあるとある従者の名前に、ハッとする。急に冷えた冬の空気に当てられたように目が冴えて、体ごと青海川くんに向いてしまった。
「どう、して」
色々と言いたいことはあったのだが、私の口から零れ落ちたのは情けなくもそんな疑問だった。
青海川くんが言った2人は、扇様と深沙ちゃんの前世だ。扇様は相変わらず国の上位に君臨する貴人であり、奥方様と呼ばれていた。深沙ちゃんこと舞茶さんはその従者であった。青海川くんは、身分差で結局結ばれることのなかった奥方様の想い人を先祖に持つ。舞茶さんから訃報を聞いた随筆家の青年。私が今までに見た記憶、記録の中には彼の目線からのものは存在しなかった。前世の記憶と交差した発言をする青海川くん、深沙ちゃん、扇様を見たことはあるが、彼らはトランス状態だったから私と花火に見られていたことなんてはっきりとは覚えていないだろう。そもそも自分が言葉を発していたかどうかさえ曖昧な筈だ。それなのに、青海川くんは私が知っている前提で、はっきりと述べて来た。驚く私に対して、安堵したように青海川くんが息を吐く。その口角が少しだけ上がっていた。
「それも、テスト後に」
それだけ言うと、青海川くんは何事もなかったかのように去ってしまった。私だけがその背中を視線で追って、呆然と立ち尽くしていた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる