591 / 812
2月18日 邪魔出来ない
しおりを挟む
小野くんに促されて青海川くんと共に教室に入ると、何か探していたらしい由芽が振り向いた。その手元では絵の具を入れる用の大きめのバッグが握られている。
「あれ、演劇部?」
「そう。小物は個人で作らなきゃいけないから」
「なるほど。あれも?」
私が指したのは、由芽が探し物をしていたすぐ近くの席に座り真剣に何かを描いている霙と、その背後を狙って手を上げたり下ろしたりソワソワしている雪くんである。今日、生徒たちを浮き足立たせた天候の雪ではなく、冬間双子の弟の方の雪くんである。彼はその瞳にキラキラした熱を灯しながら、まっすぐに作業に集中している恋人を見つめている。そんな2人を見ながら、由芽は表面上だけはあくまで呆れたという様子でわざとらしく溜め息を吐いた。瞳の奥に、楽しそうな悪戯心を秘めながら。
「そう。霙って一旦集中したら切れないのね。話し掛けても何も返ってこないから、帰ろうとしてた通訳呼んだのよ」
通訳とは、言わずもがな雪くんのことだろう。双子の兄である富くんと共に幼馴染といっても良い関係で、霙と長い付き合いがあるのだから。
「霙の集中を切らしたら1週間口を聞いてもらえなかったことがあるらしいから、我慢してるみたいだけど。流石にあの髪型には心が揺れてるみたいね」
由芽が笑って指摘するのは、いつもと違う霙の髪型である。普段は下側に結んだツインテールを無造作に垂らしているが、今日は綺麗に結い上げられ、ツイスト編みを加えられたポニーテールになっている。滅多に見られない頸が余すところなく晒され、青がかった水色の髪が動きに合わせてふわふわと揺れていた。恋人の珍しい髪型に、ちょっかいを出したくて仕方ないらしい。けれどその反動が怖くて何も出来ないといったところか。チラチラと霙の様子を伺っては、何かしようとして手を押さえるの繰り返しである。確かにあの動きを見ていれば、由芽の楽しそうな様子にも頷ける。
「夕音、帰ろう!」
ガラッとドアが開いたと同時に声を掛けられ、由芽と一緒に振り向く。そこには今にも駆け出しそうにはしゃいだ羅樹が、見えない筈の尻尾を振り回して待っていた。積もったら遊べるかもしれない、と話したのは今朝だ。羅樹も雪遊びを楽しみにしているのだろう。近所の雪かきついでに雪だるまでも作ろうかと考えていると、由芽が唖然とした表情で羅樹を見ていた。
「由芽?どうしたの?」
「あ、いや…榊原くん、よね?」
「他に誰に見えるの?」
質問に質問で返すと、由芽はいっそ感心したような目を私に向けて来た。
「あんな表情するのね」
言葉の意味が分からず首を傾げていると、由芽がくすくすと笑って私達を教室から送り出した。集中が切れたらしい霙を見て、雪くんが真っ先にその背中に飛び込み、「ぐえっ」という呻き声に似た悲鳴を後ろで聞いた。
「あれ、演劇部?」
「そう。小物は個人で作らなきゃいけないから」
「なるほど。あれも?」
私が指したのは、由芽が探し物をしていたすぐ近くの席に座り真剣に何かを描いている霙と、その背後を狙って手を上げたり下ろしたりソワソワしている雪くんである。今日、生徒たちを浮き足立たせた天候の雪ではなく、冬間双子の弟の方の雪くんである。彼はその瞳にキラキラした熱を灯しながら、まっすぐに作業に集中している恋人を見つめている。そんな2人を見ながら、由芽は表面上だけはあくまで呆れたという様子でわざとらしく溜め息を吐いた。瞳の奥に、楽しそうな悪戯心を秘めながら。
「そう。霙って一旦集中したら切れないのね。話し掛けても何も返ってこないから、帰ろうとしてた通訳呼んだのよ」
通訳とは、言わずもがな雪くんのことだろう。双子の兄である富くんと共に幼馴染といっても良い関係で、霙と長い付き合いがあるのだから。
「霙の集中を切らしたら1週間口を聞いてもらえなかったことがあるらしいから、我慢してるみたいだけど。流石にあの髪型には心が揺れてるみたいね」
由芽が笑って指摘するのは、いつもと違う霙の髪型である。普段は下側に結んだツインテールを無造作に垂らしているが、今日は綺麗に結い上げられ、ツイスト編みを加えられたポニーテールになっている。滅多に見られない頸が余すところなく晒され、青がかった水色の髪が動きに合わせてふわふわと揺れていた。恋人の珍しい髪型に、ちょっかいを出したくて仕方ないらしい。けれどその反動が怖くて何も出来ないといったところか。チラチラと霙の様子を伺っては、何かしようとして手を押さえるの繰り返しである。確かにあの動きを見ていれば、由芽の楽しそうな様子にも頷ける。
「夕音、帰ろう!」
ガラッとドアが開いたと同時に声を掛けられ、由芽と一緒に振り向く。そこには今にも駆け出しそうにはしゃいだ羅樹が、見えない筈の尻尾を振り回して待っていた。積もったら遊べるかもしれない、と話したのは今朝だ。羅樹も雪遊びを楽しみにしているのだろう。近所の雪かきついでに雪だるまでも作ろうかと考えていると、由芽が唖然とした表情で羅樹を見ていた。
「由芽?どうしたの?」
「あ、いや…榊原くん、よね?」
「他に誰に見えるの?」
質問に質問で返すと、由芽はいっそ感心したような目を私に向けて来た。
「あんな表情するのね」
言葉の意味が分からず首を傾げていると、由芽がくすくすと笑って私達を教室から送り出した。集中が切れたらしい霙を見て、雪くんが真っ先にその背中に飛び込み、「ぐえっ」という呻き声に似た悲鳴を後ろで聞いた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
Y先生の入学式
つっちーfrom千葉
青春
先日、校長先生から呼び出され、二人の上流家庭の生徒には一般的ではない、特別な扱いをするように命じられた、Y先生は入学式当日になっても悩んでいた。差別のない平等なクラスを目指すのか、自分の将来のためにも、意地汚い校長に従うべきか……。
入学式が終わり、生徒が教室へやってくるまでの、十数分間の担任の先生の複雑な心理状態を描いてみました。どうぞ、よろしくお願いします。
家政婦さんは同級生のメイド女子高生
coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
フェイタリズム
倉木元貴
青春
主人公中田大智は、重度のコミュ障なのだが、ある出来事がきっかけで偶然にも学年一の美少女山河内碧と出会ってしまう。そんなことに運命を感じながらも彼女と接していくうちに、‘自分の彼女には似合わない’そう思うようになってしまっていた。そんなある時、同じクラスの如月歌恋からその恋愛を手伝うと言われ、半信半疑ではあるものの如月歌恋と同盟を結んでしまう。その如月歌恋にあの手この手で振り回されながらも中田大智は進展できずにいた。
そんな奥手でコミュ障な中田大智の恋愛模様を描いた作品です。
昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件
マサタカ
青春
俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。
あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。
そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。
「久しぶりですね、兄さん」
義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。
ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。
「矯正します」
「それがなにか関係あります? 今のあなたと」
冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。
今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人?
ノベルアッププラスでも公開。
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる