神様自学

天ノ谷 霙

文字の大きさ
上 下
584 / 812

"ごめんなさい"

しおりを挟む
流れ込んで来た記憶に、ふと気付く。唐突に過ったこの記憶は、どう考えても羅樹のものだ。では、どうしてこのタイミングで羅樹の記憶が私に伝わって来たのか。この記憶を見る前に、否守いなもり様は何と言っていたか。

"あの時と一緒ですね"

"心の奥で酷く叫んでいます"

嫌な予感に駆られて慌てて顔を上げる。首を振って否守様の方を向くと、何かを察したように頷かれた。それが何に対する肯定なのか、言語化することは出来なかったが直感的に気付き、走り出す。障子を勢いよく開けて、もつれそうになる足を必死に動かして、外へと向かう。否守様が座っていたところまで飛び出して、息を切らしながら顔を上げる。あまり遠くなかった筈なのに、酸欠になったかのように息が苦しくて、顔から血の気が引いていた。そしてそれは、目の前の人物も同じだった。酷く青褪めた顔で、ふらふらと歩き回りながら辺りを見回している。首をぐるぐると回しながら、落ち着きなく彷徨っている。何かを探すように、誰かを求めるように視線を右往左往に動かしている。
「羅、樹」
呟く声は、届かない。
羅樹と私の世界が分たれたかのように交わらない。いつもいつもいつも、羅樹はこの孤独感や恐怖と戦っていたのか。今更ながら、羅樹の心象を知る。
私は本殿から飛び降りて、羅樹の元へ走り寄る。呆然とする羅樹の胸に飛び込むようにして、手で空気を切り裂いた。
光が舞う。
羅樹の方から少しずつ光が私を伝い、境界を飛び越える。巫女のようになっていた服が私服に戻り、狐の耳と尾が少しずつ消えていく。段々とこちらに気付いた羅樹が目を丸くするが、それも気にしていられず首の後ろに腕を回した。舞い上がった毛先が光に包まれ、こちらの世へと戻って来る。その光が全て消え去った後で、私は羅樹に抱きつきながら体温を移した。ここにいると、少しでも実感してもらうために。
「…ゆ、う………ね………?」
急に現れた私に驚きながら、それでもしっかりと抱き留めてくれた。私はひっく、としゃくり上げながら羅樹を強く引き寄せる。
「ごめん、ごめん…っごめんね……羅樹…っ」
止められなかった懺悔の言葉を、ひたすら繰り返す。羅樹は理解出来ない状況の筈なのに、宥めるように背中を撫でてくれた。その肩が震えていると気付いたのは、数え切れないくらい謝罪した後だった。
「…ゆぅ………」
掠れたか細い声で、弱々しく紡がれる。堰を切ったように震え出し、私の肩に埋めた羅樹の顔から涙が零れ落ちて来た。濡れる肩と強く引き寄せる腕が、羅樹の不安を表しているようで、酷く罪悪感に駆られた。
いなくならないと言っておいて、ここにいると返しておいて何度置いていったのだろう。
痛む心臓も、羅樹に比べたらどうってことない。
私は羅樹の不安を受け止めるようにして、しばらく身を寄せていた。
しおりを挟む

処理中です...