神様自学

天ノ谷 霙

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2月15日 帰宅準備

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羅樹が慌てて手を引っ込め、私の手が楽になったところでガラリとドアが開く。現れたのは先生に電話を頼みに行っていた由芽だ。開いたカーテンから羅樹がいるのを見つけ、パチクリと目を瞬く。
「あら、もう呼んで来たの?」
「まぁ、知らせに行った瞬間飛び出したからね。先生は?来るって?」
先程の廊下全力疾走を思い出したのか、霙が遠い目をする。その記憶を振り払うようにして、由芽に私の迎えについて聞いてくれた。由芽は頷いて、私の方を向いて微笑んだ。
「お母様がいらっしゃるって。それまでゆっくり休んだ方が良いわ」
「お、それじゃあ夕音の荷物でも取って来ようか。ロッカー内のは無理だけど、引き出しの中にあるものバッグに詰めて、持ってくる感じで良い?」
「あ、えぇと…」
自分で行く、と起きあがろうとしたが、枕から少し頭を離すだけで視界が歪んだため諦める。
「…ごめん、そうしてもらえる?ありがとう」
「おっけおっけ。それじゃあ由芽、行くよ」
「え!?」
由芽が心底驚いたような声を上げる。その目の前で霙がにっこりと笑顔を浮かべて、無言で威圧した。
「…霙1人でも、出来るでしょう…?」
「荷物を取りに行くついでに私達の荷物もいるだろ?部員が待ってるぞ」
2人が所属している演劇部は、来月の公演に合わせてかなり練習を積んでいるらしい。今は忙しい時期だったはずなのに、わざわざこちらに来てくれたことが嬉しさ半分、申し訳なさ半分だった。
「そ、そうね」
「私1人で3人分の荷物は無理だし、夕音もたくさんの人に囲まれたらおちおち休めないだろ。ほら、行くぞ」
霙は問答無用で由芽を引き摺るようにして保健室を出て行ってしまった。先程霙が懸念した情報集めがしたかったのだろう、由芽にしては珍しく食い下がったし残念そうであった。普段他人の2手、3手先を読んで行動する由芽を見慣れていることもあって、誰かに言われるがままになっている姿はかなり珍しかった。ポカンとしながらその背を見送り、羅樹に向き直る。
「心配掛けてごめん」
ポツリと呟くと、羅樹は困ったように眉尻を下げてふるふると首を横に振った。
「ううん、大丈夫。でもすっごく驚いた。風邪?」
「…わかんない。考え事してたから、疲れちゃったのかも」
「考え事?」
羅樹が首を傾げる。少しずつハマっていくピースは、まだ全貌を見せてはくれない。もう少しだけ足りないピースは、自分で確認しないと見つからないものばかりだろう。自然とあちらからやって来てくれる内容ではない。
「…うん。羅樹はどうして、私をそんなに心配してくれるの?」
私の問い掛けに、羅樹はピタリと止まってしまった。
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