568 / 812
Valentine’s day3 桜
しおりを挟む
冷えた指先が熱を帯びる頬を撫でる。目の前で細められた瞳が、あまりにも綺麗で。2人の吐いた息が白く天に昇っていく。
「俺は、明が思ってるような人じゃないっす。さっきだって明が紙袋持ってるのを見て、誰に渡すんだろうってモヤモヤして、苦しくて、避けようとしたんすよ」
明は頷きながら、俺の話に耳を傾ける。
「明が稲森に助けてもらった時も、俺がその場にいたら良かったのにって、明が助かったのは稲森のお陰なのに嫉妬して」
言いたくなかった。見せたくなった、こんなところ。けれど明が俺のことを信頼しきっているのが怖くて、どうにかわかって欲しくて、自分の嫌なところを曝け出す。嫌われるようなことをわざと言う。怖がられるようなことばかりが口を滑る。どうしたって俺は、明の隣に相応しくない。そんなことは自分が1番よく分かっている。
「そんな酷い奴なんすよ、俺って」
自嘲するように締めると、明が頬を緩めてふわりと微笑んだ。それは桜舞う校舎の影で再会したときに見た、あの日の笑顔によく似ていた。受験時に助けてくれた人だって微笑んでくれた、あの時の優しい笑みに。
心臓が掴まれたように痛い。ドキドキと騒がしいくらいに鳴り響いているのに心地良くて、身を委ねてしまいたくなる。
「桜はね、絶対私に怒りを向けないの」
「え?」
明は手を下ろし、再び真っ直ぐ見つめてくる。どういう意味かと思考を巡らせる前に、明が口を開いた。
「私が傷付いたら怒ってくれて、私を責めたりしない。私が悪いんだっていう人達と違う。助けてくれる。私を責めちゃう私から、悪いのはあっちだよって助けてくれるんだ」
明に言われて気付く。そういえばあの噂も、その顛末も、確か明のせいにして逃げるような最後だった。明の過去は聞いたことがないが、俺だけが違うというのならそういう風に責任転嫁して、明を傷付けるような奴ばかりだったのだろう。激しい怒りが渦巻くのを感じるが、それを見透かしたように明は呟く。
「私、自分が悪いんだって思ってた。だから痛いんだって。でも違うって教えてくれた。桜は、私のヒーローだね」
その言葉に、稲森の台詞がフラッシュバックする。
"好きな人のヒーローになりたいと思うのは、当たり前なんじゃないかな"
確かに、当たり前だ。そうじゃなきゃ、こんなに嬉しい気持ちになる筈がない。
嬉しくて嬉しくて、堪らない。
安堵と喜びが全身を包んで、泣きそうになる。
「まだ"好き"って気持ちが何なのかわからない。けど」
明はそこで言葉を区切る。何かを覚悟したように緊張した様子で、真剣にこちらを見つめる。
「どれだけ変な噂が流れたって、桜にだけは誤解されたくない。桜の傍に居たい。それが今の、私の気持ち」
知って欲しいと紡がれた言葉。それはほとんど告白みたいなもので、きっと明の本心なのだろう。
「…明、俺だって傍に居たいっす」
今更ながら気付く。明の為にって身を引いたのは、結局明を傷付けるのが怖かった自分のためでしかなかったことに。明が幸せで居れば良いって言い聞かせて、本当の心は封じ込めていた自分に。自分が幸せにするって宣言して、その気持ちが明を傷付けるのが怖かっただけなんだと。やっと気付いた。
「俺は明が好きっす。明が俺の傍に居て、それが心地良いって思って貰えたら凄く嬉しい。今は好きって気持ちが分からなくても構わないっすから、いつか俺のことを好きになってもらえるよう努力するのを、傍で見守っててくれないっすか?」
明が微かに頬を赤く染め、頷く。もう1度頷いて欲しくて、確認を込めて直球勝負を挑む。
「俺と、付き合ってください」
返事の代わりに、明が俺の胸に飛び込んできた。
「俺は、明が思ってるような人じゃないっす。さっきだって明が紙袋持ってるのを見て、誰に渡すんだろうってモヤモヤして、苦しくて、避けようとしたんすよ」
明は頷きながら、俺の話に耳を傾ける。
「明が稲森に助けてもらった時も、俺がその場にいたら良かったのにって、明が助かったのは稲森のお陰なのに嫉妬して」
言いたくなかった。見せたくなった、こんなところ。けれど明が俺のことを信頼しきっているのが怖くて、どうにかわかって欲しくて、自分の嫌なところを曝け出す。嫌われるようなことをわざと言う。怖がられるようなことばかりが口を滑る。どうしたって俺は、明の隣に相応しくない。そんなことは自分が1番よく分かっている。
「そんな酷い奴なんすよ、俺って」
自嘲するように締めると、明が頬を緩めてふわりと微笑んだ。それは桜舞う校舎の影で再会したときに見た、あの日の笑顔によく似ていた。受験時に助けてくれた人だって微笑んでくれた、あの時の優しい笑みに。
心臓が掴まれたように痛い。ドキドキと騒がしいくらいに鳴り響いているのに心地良くて、身を委ねてしまいたくなる。
「桜はね、絶対私に怒りを向けないの」
「え?」
明は手を下ろし、再び真っ直ぐ見つめてくる。どういう意味かと思考を巡らせる前に、明が口を開いた。
「私が傷付いたら怒ってくれて、私を責めたりしない。私が悪いんだっていう人達と違う。助けてくれる。私を責めちゃう私から、悪いのはあっちだよって助けてくれるんだ」
明に言われて気付く。そういえばあの噂も、その顛末も、確か明のせいにして逃げるような最後だった。明の過去は聞いたことがないが、俺だけが違うというのならそういう風に責任転嫁して、明を傷付けるような奴ばかりだったのだろう。激しい怒りが渦巻くのを感じるが、それを見透かしたように明は呟く。
「私、自分が悪いんだって思ってた。だから痛いんだって。でも違うって教えてくれた。桜は、私のヒーローだね」
その言葉に、稲森の台詞がフラッシュバックする。
"好きな人のヒーローになりたいと思うのは、当たり前なんじゃないかな"
確かに、当たり前だ。そうじゃなきゃ、こんなに嬉しい気持ちになる筈がない。
嬉しくて嬉しくて、堪らない。
安堵と喜びが全身を包んで、泣きそうになる。
「まだ"好き"って気持ちが何なのかわからない。けど」
明はそこで言葉を区切る。何かを覚悟したように緊張した様子で、真剣にこちらを見つめる。
「どれだけ変な噂が流れたって、桜にだけは誤解されたくない。桜の傍に居たい。それが今の、私の気持ち」
知って欲しいと紡がれた言葉。それはほとんど告白みたいなもので、きっと明の本心なのだろう。
「…明、俺だって傍に居たいっす」
今更ながら気付く。明の為にって身を引いたのは、結局明を傷付けるのが怖かった自分のためでしかなかったことに。明が幸せで居れば良いって言い聞かせて、本当の心は封じ込めていた自分に。自分が幸せにするって宣言して、その気持ちが明を傷付けるのが怖かっただけなんだと。やっと気付いた。
「俺は明が好きっす。明が俺の傍に居て、それが心地良いって思って貰えたら凄く嬉しい。今は好きって気持ちが分からなくても構わないっすから、いつか俺のことを好きになってもらえるよう努力するのを、傍で見守っててくれないっすか?」
明が微かに頬を赤く染め、頷く。もう1度頷いて欲しくて、確認を込めて直球勝負を挑む。
「俺と、付き合ってください」
返事の代わりに、明が俺の胸に飛び込んできた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる