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2月15日 お礼
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あれから羅樹は落ち着いたらしく、しばらくしたら目を覚ました。距離の近さに驚いていたようだけど、頬を赤らめて少しだけ照れた様子で「ありがとう」と呟いていた。あまり見ない表情に心音が酷くうるさくなったが、そんな話は置いておいて。
その後、羅樹と探索を再開してあっという間に終わってしまった。夜まで1人だと言うので家まで連れ帰り、夕食を共にしたくらいである。
家族ぐるみの付き合いなだけあって、色気のないバレンタインだとは思う。事件やらハグやらはあったが、恋人同士のバレンタインなんて甘い様子ではなかった。それでも、羅樹と共に過ごせるだけで嬉しくて。確かに恋人っぽいことをしてみたいとは思う。少しでも近付いて、"友達"や"幼馴染“では出来ないことをしてみたいと夢見ることはある。
けれど、隣に居られることだって充分に嬉しくて。
良いバレンタインだったと思う。そう考えながら、私は昼休みの校舎を歩く。今日はお菓子を持って来ている人が多いため、気持ち甘い香りがしている気がする。お菓子やイベントに関して校則が緩いため、特に気にする様子もない。中には教師に渡す人もいた。
「…すみません、貰えないっす」
自販機に来たところ、近くの階段からそんな声がした。走り去るような足音が聞こえた後、階段の影から出て来たのは鹿宮くんだった。目が合って、聞いてしまった気まずさに駆られる。どうしようかと困っていると、鹿宮くんが苦笑いを浮かべた。
「聞いてました?」
「…聞こえては、いた。モテるんだね」
「いや、そんなことは」
ない、とは言い切らない。そんなところを突くのは野暮なのでやめておいたけれど。
「でもちょうど良かった。稲森に言いたいことがあったんすよ」
「え?」
「ありがとうございました」
要件について考える暇もなく、鹿宮くんが私に向かって深々と頭を下げる。遠目から見たら謝っているようにも見えるそれに驚いて、慌てて顔を上げるように言った。
「何?」
「俺、明と付き合うことになったんすよ」
「え、あ、うん、おめでとう」
昨日の時点で"晴れ"の気配は感じていたし、明から聞かされている。わざわざ鹿宮くんに報告されることではないだろう、と戸惑っていると、鹿宮くんが続けた。
「告白は取られちゃったんすけどね。でも、迷うことなくその言葉を受け取れたのは、稲森のお陰なんすよ。だから、お礼を言いたくて」
鹿宮くんは、明のことを想って身を引いていた。自分より明のことを想う人がいると考え、自分が隣を独占してはいけないと思い込んで離れた。けれどその比較自体が間違いだと気付き、自分の"好き"という気持ちを大事に出来るようになった。自分の気持ちを軽んじるのは、好きだと思わせてくれた相手を軽んじる事だと気付いてくれた。そのきっかけを少し与えただけに過ぎないのに、わざわざ私にお礼を言いに来ようとしていたとは、律儀な人だ。
「あざっした。それだけ伝えたかったんすよ」
「わざわざいいのに。でも受け取っておくね」
「はい。…その、俺が稲森と同じように出来たら良かったんすけど、俺じゃ駄目みたいなんすよ」
鹿宮くんは唐突に呟いた。何の話かと続きを待っていると、鹿宮くんは元気に笑った。
「きっと羅樹も同じだと思うんすよ。だから、稲森が教えてあげてくださいっす!」
「…え」
「じゃ、また!」
鹿宮くんはパタパタと走って行ってしまった。
私は、その言葉の意味を全く理解出来なかった。
その後、羅樹と探索を再開してあっという間に終わってしまった。夜まで1人だと言うので家まで連れ帰り、夕食を共にしたくらいである。
家族ぐるみの付き合いなだけあって、色気のないバレンタインだとは思う。事件やらハグやらはあったが、恋人同士のバレンタインなんて甘い様子ではなかった。それでも、羅樹と共に過ごせるだけで嬉しくて。確かに恋人っぽいことをしてみたいとは思う。少しでも近付いて、"友達"や"幼馴染“では出来ないことをしてみたいと夢見ることはある。
けれど、隣に居られることだって充分に嬉しくて。
良いバレンタインだったと思う。そう考えながら、私は昼休みの校舎を歩く。今日はお菓子を持って来ている人が多いため、気持ち甘い香りがしている気がする。お菓子やイベントに関して校則が緩いため、特に気にする様子もない。中には教師に渡す人もいた。
「…すみません、貰えないっす」
自販機に来たところ、近くの階段からそんな声がした。走り去るような足音が聞こえた後、階段の影から出て来たのは鹿宮くんだった。目が合って、聞いてしまった気まずさに駆られる。どうしようかと困っていると、鹿宮くんが苦笑いを浮かべた。
「聞いてました?」
「…聞こえては、いた。モテるんだね」
「いや、そんなことは」
ない、とは言い切らない。そんなところを突くのは野暮なのでやめておいたけれど。
「でもちょうど良かった。稲森に言いたいことがあったんすよ」
「え?」
「ありがとうございました」
要件について考える暇もなく、鹿宮くんが私に向かって深々と頭を下げる。遠目から見たら謝っているようにも見えるそれに驚いて、慌てて顔を上げるように言った。
「何?」
「俺、明と付き合うことになったんすよ」
「え、あ、うん、おめでとう」
昨日の時点で"晴れ"の気配は感じていたし、明から聞かされている。わざわざ鹿宮くんに報告されることではないだろう、と戸惑っていると、鹿宮くんが続けた。
「告白は取られちゃったんすけどね。でも、迷うことなくその言葉を受け取れたのは、稲森のお陰なんすよ。だから、お礼を言いたくて」
鹿宮くんは、明のことを想って身を引いていた。自分より明のことを想う人がいると考え、自分が隣を独占してはいけないと思い込んで離れた。けれどその比較自体が間違いだと気付き、自分の"好き"という気持ちを大事に出来るようになった。自分の気持ちを軽んじるのは、好きだと思わせてくれた相手を軽んじる事だと気付いてくれた。そのきっかけを少し与えただけに過ぎないのに、わざわざ私にお礼を言いに来ようとしていたとは、律儀な人だ。
「あざっした。それだけ伝えたかったんすよ」
「わざわざいいのに。でも受け取っておくね」
「はい。…その、俺が稲森と同じように出来たら良かったんすけど、俺じゃ駄目みたいなんすよ」
鹿宮くんは唐突に呟いた。何の話かと続きを待っていると、鹿宮くんは元気に笑った。
「きっと羅樹も同じだと思うんすよ。だから、稲森が教えてあげてくださいっす!」
「…え」
「じゃ、また!」
鹿宮くんはパタパタと走って行ってしまった。
私は、その言葉の意味を全く理解出来なかった。
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