神様自学

天ノ谷 霙

文字の大きさ
上 下
560 / 812

2月14日 混乱incident

しおりを挟む
意識を手放したのは一瞬だった。目を瞑ろうとした私を羅樹が肩を掴んで揺さぶって来たため、気絶にすら行かなかった。惜しかった。私が後もう少し早く意識を手放していれば、現状に向き合わなくて済んだのに。そんな無駄な葛藤を横に置き、目の前で必死に私の名前を呼ぶ羅樹に「大丈夫!大丈夫だからっ!」と叫び返す。私の声が聞こえたことにホッとしたのか、羅樹が私を揺さぶるのをやめ、安堵の表情を浮かべる。いや早い。安堵するには今の姿勢は危なすぎる。私の髪は床に散らばっているし、羅樹は体を支えるために机と床にそれぞれ手をついている。座布団が引かれていたため少しだけ腰が浮いており、羅樹の両足の間で行き場を失い縮こまっている。フォークは振り向かされた時に机の上に落としたらしく、無防備に手の平は晒されたままだ。肘を折り畳んだまま顔の横で硬直している。
「良かった…また体調が悪くなっちゃったのかと思ったよ…」
「そんなすぐ体調が悪くなったりしないよ!」
むしろ今のこの状況の方が心臓に悪い。ばくばくと煩く鳴り響いているし、顔は真っ赤なこと間違いない。体を縮めようにも羅樹にぶつかりそうで恥ずかしくて、1ミリたりとも体を動かせない。
「本当?何か顔、赤くない?熱でもある?」
「っ!」
指摘されて、思わず顔を背ける。それを不審に思ったらしい羅樹は、私の顔を暴こうと動く。両手で手首を押さえつけられ、顔が見られそうになった瞬間私は叫んだ。
「熱なんてないから、早く退いて!!」
私の言葉にやっと羅樹は今の状況に気付いたらしい。慌てて手を緩め、私の上から退いた。ある程度まで離れた後で、羅樹にしては珍しく顔を真っ赤にして視線を彷徨わせている。
「…ん?」
「ち、違…っごめ……!…ぼ、僕っ…夕音に…っ」
側から見たら迫っていたようにしか見えない姿勢だった。幸いなことにこの場には私と羅樹しかいないが、2人きりだからこそ気まずい。幼馴染で恋人同士とはいえ、手を繋ぐまでしかしていない。進歩なんて0だ。いきなり甘い雰囲気に身を任せるなんてこと、不器用な私達が出来るはずもなく。私だって恥ずかしくてどうにかなりそうだったし、気づいてしまったなら羅樹だって同じだろう。それが嫌かどうかはさておいて。
「夕音が急に黙ったから、びっくりして…っ確認しても反応がなかったから不安になって…っ!そしたら、でも、うぅ、ごめんね夕音ー!!」
子供のように慌てる羅樹がおかしくて、ちょっと可愛くて、私の方が冷静になってしまった。羅樹の目の前で手をパンッと大きく鳴らし、数秒、時が止まるのを感じた。
「落ち着いた?」
「お、落ち着いた…」
びっくりした様子の羅樹が、安心したように脱力するのが分かった。
しおりを挟む

処理中です...