神様自学

天ノ谷 霙

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2月12日 誤解は解いて

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羅樹によると、扉に入る前は全く話が聞こえていなかったという。つまり扉を開けて聞こえてきた部分、最後の部分だけしか聞き取れなかった。

"俺、絶対、好きっす"

解釈によっては、誰かに告白しているようにも聞こえるだろう。だから羅樹は教室に入って来た瞬間、慌てて扉を閉めようとした。しかし私がいたことで告白されていると勘違いし、出るに出られなくなったということだ。
「良かったぁ、夕音が告白されてたんじゃなかったんだね」
「流石に彼氏持ちには告白しないっす。そもそも稲森は俺の良き相談相手で、そういうのじゃないっすから」
「そうだよ」
鹿宮くんと私が揃って否定したことで、安心したらしい。しかしわかってはいたものの、もう少し嫉妬したり、彼氏であることを主張したりしてくれても良いのに、と心の中で愚痴る。
「そっかぁ。安心した」
早くないか。もう少し疑ってほしい。いや実際その通りだしこれ以上疑ったところで何の埃も出て来ないのだが、私と鹿宮くんが示し合わせていたらどうするつもりなのだろう。まぁ告白されているように見えただけで、浮気の現場に見えたわけではないしこれくらいが普通なのだろうか。何となくモヤモヤした気分の私には、羅樹の心底ホッとしたような表情は目に入って来なかった。
「稲森は羅樹が戻って来るのを待ってたんすよ」
「あ、そうなの?ごめんね、待たせちゃって。すぐ帰るつもりだったのに、話が長くて…」
「あぁ、やっぱり捕まっちゃったんすね。羅樹は人が良すぎるんすよ。急いでますから!って話切っちゃえば良かったのに」
「でも、すぐ戻ろうとしたら悲しそうな顔してたから…」
「そういうところが付けいられる隙っすよ!というか、中年男性の悲しそうな顔で呼び止められる羅樹が心配っす…」
少し考え事に耽っている間に、羅樹が鹿宮くんに怒られている。あまり話は聞いていなかったが、断片的に拾った情報から察しはついた。私は苦笑いを浮かべて、バッグを持ち直す。それに気付いた羅樹が、慌てて自分の席に戻りリュックを背負った。
「じゃあ羅樹、稲森、また来週っす!」
「またね」
「気を付けてね」
私と羅樹が帰るところを邪魔しないようにか、悪戯っぽく笑って先に帰ってしまった。ありがたいやら恥ずかしいやらだが、とりあえず羅樹と連れ立って教室を出る。
「どうしたの、夕音?」
「え?…ううん、なんでもない」
明日と明後日の予定を思い出して、羅樹は喜んでくれるかな、とぼんやりと考えていたなんて、絶対言えない。
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