神様自学

天ノ谷 霙

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2月12日 ぎこちない理由

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鹿宮くんの戸惑いは、心の声が聞こえるわけではないのに伝わって来ていた。何処までも素直で、正直な人だ。休みだと話していたわけだし、「帰る」と言って教室を出れば良いのに。視線を彷徨わせて、私に話し掛ける言葉を探している。
「鈴」
「え?」
「鈴、返したんだね」
助け舟を出すつもりではなかったが、ふと思い出したことがあったので問い掛ける。明についての噂が流れる前に、明が鈴を持っているのを見掛けたのだ。鹿宮くんが「代わりに返してくれないか」と相談して来たのは記憶に新しい。
私が真っ直ぐ見つめると、鹿宮くんはホッとしたような戸惑ったような顔で頷いた。
「はい。偶然、会ったんで」
「そっか。喜んでたよ、明。大事なものだって覚えててくれたって、凄く嬉しそうだった」
明は表情筋が動きにくいだけで、表情はある。鹿宮くんも理解しているようで、私の言葉にツッコむこともない。
「そうっすか。良かった」
未だぎこちない。明の話を出されるのが嫌なのかと思ったが、この話を振った感じそうでもなさそうだ。私との会話がそんなに嫌なのだろうか。でも嫌悪感を抱かれているような雰囲気は感じない。自分の思いを隠したがっているように見える。
「私、が」
口が勝手に動く。考えが脳裏を過る前に言葉となって零れていく。
「私が明の側にいたのに、怪我させたから?」
「…え」
鹿宮くんの目が丸く見開かれる。その瞳を真っ直ぐ見つめて、じっと言葉を待った。私の視線に射抜かれて、気まずそうに鹿宮くんは視線を彷徨わせる。そして観念したように、首を横に振った。
「稲森に隠し事は出来ないっすね。空原を相手にしてる気分っす」
「由芽ほど怖くないと思うけど」
「誘導尋問で追い詰められるより、じわじわ事実に辿りつかれる方が怖いっすよ。…すみません、俺、嫉妬してたんすよ」
苦笑いを浮かべた後に、ボソリと呟かれた理由。意味が分からずに首を傾げていると、鹿宮くんは自嘲するように笑った。
「あの時側にいたのが稲森で、何で俺じゃなかったんだろうって。助けられるなら、俺が助けたかったって。我儘っすよね。側にいる資格なんてないと思ってたのに、いざ側にいなかったら悔しくなるなんて」
鹿宮くんは、明が告白される場面を見て自分より想いが強い人がいると感じた。それならば自分が明の側にいるのは間違いだろうと考え、明と話すのを最近抑えている傾向にあるようだ。そしてその最中に噂が流れ、きっと明が幸せになったのだと勘違いしたのだろう。事実は真逆で、明は襲われた。私がいなかったら、何処までされていたかは分からない。それは理解しているが、居合わせた私に感謝しているが、その立場にいたかったという思いが邪魔して上手く言葉に出来ないのだろう。
「…そっか。…そうだね」
それは、当たり前の感情だ。別に我儘でも何でもない。
「好きな人のヒーローになりたいと思うのは、当たり前なんじゃないかな」
私の言葉に、鹿宮くんがポカンとしていた。
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