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2月9日 怖いのは
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明が運ばれ、付き添いとして保健医の先生がついて行く。異様な様子の男は、別の先生に連れられて何処かへ行った。押さえつけられていた鹿宮くんは明が運ばれて行くのを見届けて、緊張の糸が切れたように脱力した。赤く血走っていた目も瞬きを繰り返し、潤いを取り戻している。浅野くんが手から力を抜き離したが、追い掛けたり暴れたりといった様子はない。多少は落ち着きを取り戻したようだ。
「夕音、大丈夫?顔真っ青だよ」
「…え?」
由芽に肩を抱かれるようにしてしゃがんでいた私は、顔を確認しようと手を動かそうとしたところで気付く。手先が震え、上手く動かない。芝生の上に座り込んだまま、足に力が入らない。
「まぁ無理もないよ」
あえて起こったことは言わず、優しくフォローを入れてくれる由芽。霙も鹿宮くんに振り払われた腕を揉みながら近付いて来た。
「流石にあそこまでヤバイとは思ってなかったな」
「そうね、停学処分は免れられないと思うわ」
「あんなの相手にして、夕音も大変だったね」
優しく気遣われる度に、私の中で罪悪感が膨らんでいく。違う。違うの。でも言えない。何も言えず、ただ震える指先を押さえ込んだ。
だって、私は暴力を振るわれる場面に出会すのが、初めてではない。
夏休みの旅行中に紗奈と共に、気味の悪い男達に誘拐されそうになった。
少し前に羅樹と行ったデパートで、複数人の男達に囲まれて壁に打ち付けられた。
記憶の中で言えば、明が傷付けられる場面だって見たし、神様に命だって狙われたし、腹を刺されて1週間目を覚さなかったことだってある。
何度も生死の境を彷徨った。傷付けられ、体調を悪くして、それでも生きて来た。怖いと感じなかったわけではない。震えて動けなくなることがなかったわけではない。でも今、それらの恐怖とは違う怖さが、私の中で渦巻いていた。
だって、分かっている。
恋使の力は、恋を記録するためにあるもの。
記録を遡れる私の力は、恋使であるが故に宿ったもの。逆に言えば、記録を辿ることは現恋使にしか出来ないということ。私の中に宿る恋音さんには、出来ないらしいということ。
違う、この記録能力自体が恋使の力ではない。繋がりを持つ稲荷様に伝えることが、本来の恋使の力である。ならば、何故この身は明の感じた恐怖を記録して、あの男に返すことが出来たのか。簡単なことだ。私が力を発動させ、男に苦しみを味わせるために使ったのだ。怒りに任せて、男を追い詰めるために。
多分、恋音さんと交代したのはこの辺り。
彼女と交代していなかったら、あの男はどうなっていたのだろうか。恐怖に浮かされるように謝罪と懺悔を繰り返すだけじゃ、済まなかったかもしれない。それを実行しようとしたのは、神の力ではない。神の使いでもない。人である、私自身だ。
その事実に、気付いてしまった。
「夕音、大丈夫?顔真っ青だよ」
「…え?」
由芽に肩を抱かれるようにしてしゃがんでいた私は、顔を確認しようと手を動かそうとしたところで気付く。手先が震え、上手く動かない。芝生の上に座り込んだまま、足に力が入らない。
「まぁ無理もないよ」
あえて起こったことは言わず、優しくフォローを入れてくれる由芽。霙も鹿宮くんに振り払われた腕を揉みながら近付いて来た。
「流石にあそこまでヤバイとは思ってなかったな」
「そうね、停学処分は免れられないと思うわ」
「あんなの相手にして、夕音も大変だったね」
優しく気遣われる度に、私の中で罪悪感が膨らんでいく。違う。違うの。でも言えない。何も言えず、ただ震える指先を押さえ込んだ。
だって、私は暴力を振るわれる場面に出会すのが、初めてではない。
夏休みの旅行中に紗奈と共に、気味の悪い男達に誘拐されそうになった。
少し前に羅樹と行ったデパートで、複数人の男達に囲まれて壁に打ち付けられた。
記憶の中で言えば、明が傷付けられる場面だって見たし、神様に命だって狙われたし、腹を刺されて1週間目を覚さなかったことだってある。
何度も生死の境を彷徨った。傷付けられ、体調を悪くして、それでも生きて来た。怖いと感じなかったわけではない。震えて動けなくなることがなかったわけではない。でも今、それらの恐怖とは違う怖さが、私の中で渦巻いていた。
だって、分かっている。
恋使の力は、恋を記録するためにあるもの。
記録を遡れる私の力は、恋使であるが故に宿ったもの。逆に言えば、記録を辿ることは現恋使にしか出来ないということ。私の中に宿る恋音さんには、出来ないらしいということ。
違う、この記録能力自体が恋使の力ではない。繋がりを持つ稲荷様に伝えることが、本来の恋使の力である。ならば、何故この身は明の感じた恐怖を記録して、あの男に返すことが出来たのか。簡単なことだ。私が力を発動させ、男に苦しみを味わせるために使ったのだ。怒りに任せて、男を追い詰めるために。
多分、恋音さんと交代したのはこの辺り。
彼女と交代していなかったら、あの男はどうなっていたのだろうか。恐怖に浮かされるように謝罪と懺悔を繰り返すだけじゃ、済まなかったかもしれない。それを実行しようとしたのは、神の力ではない。神の使いでもない。人である、私自身だ。
その事実に、気付いてしまった。
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