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2月2日 差し出された手
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明が口を開くことはなかった。風が吹く音に怯え、鳥が飛ぶ気配に震える。泣くことも恐怖に嘆くこともなく、蹲ったままただそこにいる。それは明の唯一の逃げ方なんだと、何となく気付いた。そんな様子を見て、校内では明の口を開くことは出来ないと悟った。
明は苦しい時に泣かない。泣けない。文化祭の一件で多少は改善されたと思っていたが、この様子を見るに泣けない状態は続いているらしい。俯いて何も言わず、じっと何かに耐えて時間が過ぎるのを待つ。何かが終わるのを待つ。
それはきっと、今日学校の中に居るだけでは終わらないもの。明の恐怖の対象は今、学校にいる全ての人なんだ。もしかしたら私も、霙も、あれだけ信用していた鹿宮くんも対象なのかもしれない。
なら、私がすることは1つ。
「明」
ビクッと肩を震わせることすらしない。注視しなければ分からないほど、ほんの僅かに顔が動いただけだ。
「私の家に行かない?」
「…え?」
私はスカートから埃を払って立ち上がる。明とばちっと目が合った。結構驚いてくれたらしい。私は小さく笑うと、明に手を差し出した。戸惑いながら私の手を取る明。その手を離さないよう、ぎゅっと握った。なるべく笑顔で、明を連れ出すように。
きっと"悲しみは続かない"。終わらせないと、楽しいこともわからなくなってしまうから。
明はよろけながら立ち上がると、私に引かれるまま歩き始めた。昇降口までまばらに人気があり、視線が突き刺さる。隣にいる私も例外ではないが、堂々とした態度を貫いた。明が俯けば、繋ぐ手に力を込めた。ピッタリと寄り添うように歩く。揶揄されるかは知らないが、繋いだ手は2人の秘密だとでもいうように隠してみせた。
やがて校門を出て、人気の落ち着いた帰路を歩む。一応私の家の方向は明の登下校ルートにあるので、余計なお金を使うこともない。家の位置関係を話し合いながら確認した事実に、ホッと安堵する。
「明は何のスイーツが好き?」
「え?」
「今家に何もないからさ、何か買って帰ろう」
「そ、そんな…っ悪い、よ…」
「いいの、私が明と食べたいの!…あ、でも1個までね?」
「うん…」
明の大食いは一応周知の事実であるため、ボケ半分で注告したがツッコミが返ってくることはなかった。しかし憤慨した様子もなく、少しだけ頬を緩めて微笑んでいる。表情筋が動くことも少ない明だが、きっとこれが笑っている姿なのだろう。美人が笑うと愛らしいものである。
いつの間にか私の最寄り駅に着いていて、明を連れ立って下りる。見慣れない景色にきょろきょろと首を動かしながら、明は呟いた。
「夕音の家、どこ?」
「こっちだよ!‥と、その前にあの店に寄ろう!」
近所のこじんまりとしたケーキ屋を指さして笑う。明と共に、好きなケーキを選ぶ。後はそれを崩さないよう大事に持って帰るだけだ。明の笑顔が、少しだけ取り戻せるようになって来た。
明は苦しい時に泣かない。泣けない。文化祭の一件で多少は改善されたと思っていたが、この様子を見るに泣けない状態は続いているらしい。俯いて何も言わず、じっと何かに耐えて時間が過ぎるのを待つ。何かが終わるのを待つ。
それはきっと、今日学校の中に居るだけでは終わらないもの。明の恐怖の対象は今、学校にいる全ての人なんだ。もしかしたら私も、霙も、あれだけ信用していた鹿宮くんも対象なのかもしれない。
なら、私がすることは1つ。
「明」
ビクッと肩を震わせることすらしない。注視しなければ分からないほど、ほんの僅かに顔が動いただけだ。
「私の家に行かない?」
「…え?」
私はスカートから埃を払って立ち上がる。明とばちっと目が合った。結構驚いてくれたらしい。私は小さく笑うと、明に手を差し出した。戸惑いながら私の手を取る明。その手を離さないよう、ぎゅっと握った。なるべく笑顔で、明を連れ出すように。
きっと"悲しみは続かない"。終わらせないと、楽しいこともわからなくなってしまうから。
明はよろけながら立ち上がると、私に引かれるまま歩き始めた。昇降口までまばらに人気があり、視線が突き刺さる。隣にいる私も例外ではないが、堂々とした態度を貫いた。明が俯けば、繋ぐ手に力を込めた。ピッタリと寄り添うように歩く。揶揄されるかは知らないが、繋いだ手は2人の秘密だとでもいうように隠してみせた。
やがて校門を出て、人気の落ち着いた帰路を歩む。一応私の家の方向は明の登下校ルートにあるので、余計なお金を使うこともない。家の位置関係を話し合いながら確認した事実に、ホッと安堵する。
「明は何のスイーツが好き?」
「え?」
「今家に何もないからさ、何か買って帰ろう」
「そ、そんな…っ悪い、よ…」
「いいの、私が明と食べたいの!…あ、でも1個までね?」
「うん…」
明の大食いは一応周知の事実であるため、ボケ半分で注告したがツッコミが返ってくることはなかった。しかし憤慨した様子もなく、少しだけ頬を緩めて微笑んでいる。表情筋が動くことも少ない明だが、きっとこれが笑っている姿なのだろう。美人が笑うと愛らしいものである。
いつの間にか私の最寄り駅に着いていて、明を連れ立って下りる。見慣れない景色にきょろきょろと首を動かしながら、明は呟いた。
「夕音の家、どこ?」
「こっちだよ!‥と、その前にあの店に寄ろう!」
近所のこじんまりとしたケーキ屋を指さして笑う。明と共に、好きなケーキを選ぶ。後はそれを崩さないよう大事に持って帰るだけだ。明の笑顔が、少しだけ取り戻せるようになって来た。
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