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1月27日 一日の幻
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放課後、教室で待つ。携帯を確認すると「用事があるから少しだけ待ってて!すぐ終わらせてくる」というメッセージが来ていた。友人達との朝の会話から、デートに誘おうと気負っていた私の気合は、空気が抜けた風船のように萎んでいく。下を向いていると、さらりと稲穂色の髪が揺れた。
その髪は夕陽を反射して、きらりと煌めく。朱色の瞳には夕焼けが映り込み、その姿は一瞬息を止めるようなものだった、と後に淑乃が語った。そして彼女は私には教えなかったが、もう一つその時の様子について思うことがあったらしい。それは私の教室である2年3組に訪れた、男子達の視線についてだ。普段は左下で緩く結んだ長い髪を、そのまま肩に垂らしている。それは広がることも少なく、ただの実用性を重視した髪型だと思われていた。しかし今日はどうだろうか。下ろすとさらりと伸びる金糸のような髪は、傾きかけた陽の下で幻想的な輝きを放つ。そんな髪を惜しげもなく晒し、一応は恋人となった想い人の遅れに憂い顔を浮かべている。紅玉のような瞳を軽く伏せ、気を紛らすように窓の外を眺める。言葉を発することなく吐息を零すその姿は、今まで彼女の美しさに気付かなかった鈍感な男の心臓を刺激した。
その時、手元の携帯が震える。羅樹から「おわつたよ」と短いメッセージが送られて来たのだ。変換もされていない文章に、急いだ気持ちが伝わってくる。読み取れた羅樹の優しさに温かい気持ちになって、自身が人目を集めていることにも気付かず微笑んだ。かろうじてセーターの袖で口元を隠したが、それは見ている者にとって逆効果であった。軽く伸ばし、手の甲まで隠し切っていたために。袖先から細く白い指が覗く。嬉しそうに細められた瞳。紅潮する頬。緩んだ唇は桜色に潤んでいる。思わずその視線を奪われていた男子が声を掛けそうになったところで、彼女の待ち人は現れた。ドアを遠慮なく開き、彼女の熱視線を一身に引き受ける幼馴染。2人が幼馴染であり、尚且つ登下校を共にしていることは周知の事実である。実際に交際を始める前から噂は立っていた。そんな相手がいることさえ忘れさせる姿であったのだ。今日の彼女は。
「待たせてごめんね、帰ろう!」
「うん」
再びデートの約束を取り付けようと意気込む。そして想い人の隣に並んで帰路へと歩み始めた。視線に全く気付いていない彼女は、すれ違う際にも気に留めることはない。ふわりと波打つ様に長い髪が揺れ、天使の調べを描いて行く。微かに漂った甘い香りは、様々な種類の花を絶妙な匙加減で混ぜ合わせたかのように鼻腔をくすぐった。その背を見送り、男達は一日の幻に敗北せざるを得なかった。
その髪は夕陽を反射して、きらりと煌めく。朱色の瞳には夕焼けが映り込み、その姿は一瞬息を止めるようなものだった、と後に淑乃が語った。そして彼女は私には教えなかったが、もう一つその時の様子について思うことがあったらしい。それは私の教室である2年3組に訪れた、男子達の視線についてだ。普段は左下で緩く結んだ長い髪を、そのまま肩に垂らしている。それは広がることも少なく、ただの実用性を重視した髪型だと思われていた。しかし今日はどうだろうか。下ろすとさらりと伸びる金糸のような髪は、傾きかけた陽の下で幻想的な輝きを放つ。そんな髪を惜しげもなく晒し、一応は恋人となった想い人の遅れに憂い顔を浮かべている。紅玉のような瞳を軽く伏せ、気を紛らすように窓の外を眺める。言葉を発することなく吐息を零すその姿は、今まで彼女の美しさに気付かなかった鈍感な男の心臓を刺激した。
その時、手元の携帯が震える。羅樹から「おわつたよ」と短いメッセージが送られて来たのだ。変換もされていない文章に、急いだ気持ちが伝わってくる。読み取れた羅樹の優しさに温かい気持ちになって、自身が人目を集めていることにも気付かず微笑んだ。かろうじてセーターの袖で口元を隠したが、それは見ている者にとって逆効果であった。軽く伸ばし、手の甲まで隠し切っていたために。袖先から細く白い指が覗く。嬉しそうに細められた瞳。紅潮する頬。緩んだ唇は桜色に潤んでいる。思わずその視線を奪われていた男子が声を掛けそうになったところで、彼女の待ち人は現れた。ドアを遠慮なく開き、彼女の熱視線を一身に引き受ける幼馴染。2人が幼馴染であり、尚且つ登下校を共にしていることは周知の事実である。実際に交際を始める前から噂は立っていた。そんな相手がいることさえ忘れさせる姿であったのだ。今日の彼女は。
「待たせてごめんね、帰ろう!」
「うん」
再びデートの約束を取り付けようと意気込む。そして想い人の隣に並んで帰路へと歩み始めた。視線に全く気付いていない彼女は、すれ違う際にも気に留めることはない。ふわりと波打つ様に長い髪が揺れ、天使の調べを描いて行く。微かに漂った甘い香りは、様々な種類の花を絶妙な匙加減で混ぜ合わせたかのように鼻腔をくすぐった。その背を見送り、男達は一日の幻に敗北せざるを得なかった。
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