神様自学

天ノ谷 霙

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素直な君の、本音を心に 結佑人

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千夏は口を開いて、何かを言おうとして閉ざすを繰り返していた。空気ばかりが抜けていく。ぱくぱくと唇を動かしては、恥ずかしそうに顔を赤く染め、視線を彷徨わせていた。
正直焦ったい。無理やり本心を引き出してしまいたい。そんな衝動に駆られる。でもそれでは前と変わらない。また的外れの言葉を千夏の本音だと決めつけて、すれ違うだけだ。もう懲り懲りだ。俺は千夏の本当の言葉が聞きたい。千夏が抱えていた思いを、教えて欲しい。
「…っわ、たし…っ…」
やっと一人称が聞けた。俺は頷いて、続きを促す。相槌ですら千夏の言葉を遮りかねない。細心の注意を払って、続きを待った。
「私っ…本当、は…結佑人が…っ」
涙目で顔を真っ赤にしながら、オロオロと言葉を紡ぐ千夏。普段はサバサバしていて明るい女の子なのに、こんな表情は見たことない。その事実が深く心に染み渡っていく。
「…っ凄く、大切、なんだ…っ」
「…っ!?」
思ってもみなかった言葉に、思考が止まる。今の言葉の流れだと「千夏が俺のことを大切に思っていた」という文章になる。それが本音なのか。千夏が隠していた、心の奥に閉じ込めていた思いなのだろうか。
考えれば考えるほど、頬に熱が帯びる。何か言わなきゃ、と口を開いたところで千夏がまだ唇をもごもごさせているのが見え、急に冷静になった。まだ千夏の言いたいことは終わっていないらしい。ならば今俺がやるべきことは、返事ではない。独り言のように呟かれる彼女の本心に、耳を傾けることだ。再び口を閉し、真っ直ぐに目を合わせて頷いた。千夏は戸惑いながらも覚悟を決めたように目を開き、照れたように唇を動かした。
「私、結佑人が好きっ…離れたくない…ずっと、傍にいて欲しい…っ」
千夏が震える手を俺に伸ばして来た。練習着をぎゅっと掴み、縋るように握りしめる。俺は無意識のうちに千夏を抱き締めていた。顔が見えなくなったからか、リミッターが外れたかのように千夏は言葉を溢れさせる。
「本当は、助けてって言いたかった…っ苦しいって、怖いって、独りにしないでって言いたかった…!でも迷惑になるかなって考えたら、拒否されたらって思ったら動けなくて…!だから私から距離を置こうって思って、それで…っでも本当はずっと嫌だった…他の女の子のこと、見ないでって思った!」
それはあまりにも可愛くて、ずるい言葉の羅列。俺のことを考えて気遣った結果だったのだと、やっと分かった。それがすれ違いを生んだのは、きっと意思疎通が足りなかったせい。
「私を見て、結佑人…っ私のこと、また好きになってよ…っ」
涙目で懇願する千夏が、あまりにも愛しくて。俺はそっと千夏の頬に手を滑らせた。至近距離で瞬く潤んだ瞳が、心臓に悪い。
ごめんね、千夏。やっぱり俺は我慢が得意じゃないみたい。
千夏の唇に、自身のそれを重ねた。驚いて目を見開いていたが、恥じらうように目を閉じる。抵抗の意思はない。それが嬉しくて、愛しくて、心の底から幸せを感じた。唇を離して、ぎゅっと抱き締める。
「…許されるなら、ずっと千夏の傍にいたい。大好きだよ、千夏」
千夏はこくんっと頷いて、抱き締め返してくれた。想いが通じ合った嬉しさに、俺はもう1度唇を重ねる。千夏と離れていた間を埋めるように、何度も何度も繰り返した。好きだという想いを伝えるために、素直になった君の本音をここに刻み付けるように、愛しい人との口付けを何度も味わった。
やっと好きな人への想いを抑え付けなくて済む。その事実が嬉しくて、噛み締めるように千夏の温もりに身を委ねていた。
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