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1月22日 素直になれば
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足音が廊下に響き渡る。一直線に、彼女の元へ向かっている。きっと泣き叫ぶ千夏の耳には、届いていないのだろうけど。
「素直に、なりたい…」
ボソリと呟いた千夏に、私は微笑みを向ける。私の腰に回された腕に手を重ねて、そっと引き剥がした。私はしゃがんで、千夏とまっすぐ視線を合わせる。
「なれるよ、千夏なら。大丈夫」
ガラッとドアが勢いよく開いた。その奥から現れたのは、息を切らした藤上くんであった。
「結佑っ…」
言いかけた千夏が、一瞬にして口を噤む。私がいるせいか、それとも久しぶりに言葉を交わすせいか、分からないが千夏が何かを躊躇っていることには気付いた。だからこそ私は千夏から手を離して、手の届かないところへ1歩2歩と離れた。
「夕音!?」
すがるように私に手を伸ばす千夏に、振り向いて笑う。
だって、千夏が本当に素直になりたい相手が来たのだから、私がいたらきっとまた、誤魔化してしまうでしょう?
「千夏」
私は自分の胸元を指さして、とんとん、と示してみせた。「思う通りに動け」という意を込めて。千夏は私の意図を汲み取ったのか、私に伸ばした手を引っ込めて、俯いた。再度顔を上げたときには、覚悟を決めた顔をしていて。私の心には"晴れ"の気配が迫っていた。
「稲森…?」
「今度は、藤上くんの番だよ」
すれ違いざまにそう告げて、私はドアを閉めた。2人きりの空間に、2人の様子を伺うような声が響く。私はドアに背を預けて、小さく微笑んだ。泣き叫ぶような声じゃなければ、廊下までは届かない。"恋使"の姿になれば中の様子を見ることも出来るが、きっとそれはフェアじゃない。私は藤上くんに任せると言ったのだ。具体的に言葉にはしていないが、そう思ったのだ。
…恋を記録するのが"恋使"の仕事。ならこれは、職務怠慢になるのかな。
そんなことを思いながらも、変化してまで2人の様子を見に行く気は起きなかった。だって結果はわかっている。千夏が素直な気持ちを言えたのなら、藤上くんが引き出せたのなら、向かう先は"晴天"以外の何物でもないのだから。
何かを守る番人のように、被服室前のドアに5分。やっと"晴れ"の気配がはっきりと感じられ、私はそっとドアから離れた。立ち去って、2度目の帰路を歩む。
家が見えて来たところで、運悪く羅樹と遭遇してしまった。羅樹は私の帰宅姿を見て、目を丸くする。それもその筈、私は羅樹と共に帰宅してもう今は家にいるはずなのだから。
「…夕音?」
「…忘れ物しちゃって。取りに行ってただけだよ」
言い訳のようになってしまった。でもわざわざ一緒に来てもらうことでもなかったし、と心の中で付け加えて羅樹を見る。怒るかもしれないとの予想に反して、羅樹は安心したかのように微笑んだ。
「そっか。気を付けてね」
「…う、うん」
その顔は、いつもより青ざめているような気がした。
「素直に、なりたい…」
ボソリと呟いた千夏に、私は微笑みを向ける。私の腰に回された腕に手を重ねて、そっと引き剥がした。私はしゃがんで、千夏とまっすぐ視線を合わせる。
「なれるよ、千夏なら。大丈夫」
ガラッとドアが勢いよく開いた。その奥から現れたのは、息を切らした藤上くんであった。
「結佑っ…」
言いかけた千夏が、一瞬にして口を噤む。私がいるせいか、それとも久しぶりに言葉を交わすせいか、分からないが千夏が何かを躊躇っていることには気付いた。だからこそ私は千夏から手を離して、手の届かないところへ1歩2歩と離れた。
「夕音!?」
すがるように私に手を伸ばす千夏に、振り向いて笑う。
だって、千夏が本当に素直になりたい相手が来たのだから、私がいたらきっとまた、誤魔化してしまうでしょう?
「千夏」
私は自分の胸元を指さして、とんとん、と示してみせた。「思う通りに動け」という意を込めて。千夏は私の意図を汲み取ったのか、私に伸ばした手を引っ込めて、俯いた。再度顔を上げたときには、覚悟を決めた顔をしていて。私の心には"晴れ"の気配が迫っていた。
「稲森…?」
「今度は、藤上くんの番だよ」
すれ違いざまにそう告げて、私はドアを閉めた。2人きりの空間に、2人の様子を伺うような声が響く。私はドアに背を預けて、小さく微笑んだ。泣き叫ぶような声じゃなければ、廊下までは届かない。"恋使"の姿になれば中の様子を見ることも出来るが、きっとそれはフェアじゃない。私は藤上くんに任せると言ったのだ。具体的に言葉にはしていないが、そう思ったのだ。
…恋を記録するのが"恋使"の仕事。ならこれは、職務怠慢になるのかな。
そんなことを思いながらも、変化してまで2人の様子を見に行く気は起きなかった。だって結果はわかっている。千夏が素直な気持ちを言えたのなら、藤上くんが引き出せたのなら、向かう先は"晴天"以外の何物でもないのだから。
何かを守る番人のように、被服室前のドアに5分。やっと"晴れ"の気配がはっきりと感じられ、私はそっとドアから離れた。立ち去って、2度目の帰路を歩む。
家が見えて来たところで、運悪く羅樹と遭遇してしまった。羅樹は私の帰宅姿を見て、目を丸くする。それもその筈、私は羅樹と共に帰宅してもう今は家にいるはずなのだから。
「…夕音?」
「…忘れ物しちゃって。取りに行ってただけだよ」
言い訳のようになってしまった。でもわざわざ一緒に来てもらうことでもなかったし、と心の中で付け加えて羅樹を見る。怒るかもしれないとの予想に反して、羅樹は安心したかのように微笑んだ。
「そっか。気を付けてね」
「…う、うん」
その顔は、いつもより青ざめているような気がした。
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