神様自学

天ノ谷 霙

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1月19日 隠せないもの

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私は藤上くんから目を逸らさないように、しっかりと見つめた。藤上くんは私の視線に射抜かれたように、呆然とこちらを見ている。
「藤上くん?」
呼び掛けると、はっと我に返ったように小さく狼狽する。鼻を啜って、未だぼんやりした様子で視線を彷徨わせる。
「あ、ぁあ…稲森か。何?」
藤上くんは私から目を逸らす。私を見ないように、まるで私に重ねた誰かから目を逸らすように。藤上くんの心の音が聞こえてくる。何かを隠して目を背けようとしている情景が思い浮かぶ。その隠されたものこそがきっと、大事にしなくてはならない恋心。罪悪感によって傷付け、無理やり壊そうとしていたとても大切なもの。
「ねぇ、月ってさ。太陽の光を反射して光り輝くんだよね」
「…お、おう?」
「でもそれってさ、月は雲に隠されたくないから、太陽に訴えて光を貰おうとしているようにも思えない?」
藤上くんの表情が怪訝そうに歪む。私は逸らされた目を再度合わせて、真っ直ぐに続けた。
「けれど藤上くんは今、月を隠そうとしている雲に引き摺られている。どうして?」
開いたドアからジャスミンの香りがする。何処から咲いたのかも分からない、何処に花があるかも分からない。それなのに、その花の香りは私の背中を押して、投げ掛けるべき言葉を教えてくれる。
私は藤上くんの席へ1歩、2歩と近付いた。
「本当は分かってるんでしょ?隠そうとしても隠し切れるものじゃない。見ないようにしてたら無くなるものじゃない。抑え付けられた分、むしろ大きくなっていく。そういうものなんじゃないの、恋って」
「…っ!」
恋、という言葉に反応して藤上くんの肩が跳ねた。目を大きく見開いて、喉がごくりと動く。
「月明かりの下、輝くものもあるのにそれを踏み躙ってしまうの?それだとどんなに美しく強い花でも、枯れてしまうものなのよ」
私はそっと手元に咲いた花を差し出す。安らぎを与える甘い香りは、きっと今藤上くんに必要なもの。花を受け取った藤上くんの唇が、小さく動いた。
「ジャスミンの花言葉は素直。気立ての良さ。いくら気立てが良くたって、優しいと言ったって、その花がどこでも咲くとは限らないの。ジャスミンは寒さに弱い。人の心だって、凍ってしまったら弱くなってしまうものなのよ」
それは千夏だって同じ。かつて心を凍らせようとしていた彼女も同じ。今も機会を窺っているように見える。それを救えるのはきっと、私じゃない。前に五十嵐くんがそうだったように、私が全てを解決するわけじゃない。大事なのは、進もうとする自分。
私は藤上くんの心に光明がさすのを感じた。晴れていく。思い悩んでいた、隠そうとしていた恋心に向き合えるようになって、雲が霧散していく。覗く光はきっと、千夏への恋心だから。
私は安心して、自分の鞄をサッと取ってその場を離れた。残香がふわりと、廊下を舞い踊った。
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