神様自学

天ノ谷 霙

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1月14日 不安定な想い

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「…話したらスッキリしたっす。自分の想いくらい自分でケジメ付けないと駄目っすよね。稲森、あざっした。俺はもう行くっす」
言葉通りにちょっとは楽になったようだが、先ほど雨から雪へと変わった心の気配に変化はなかった。立ち去る鹿宮くんの背を見送りながら、私は鹿宮くんの心の声を反芻する。

好きって、何だっけ。

何が好きで何が恋なのか、迷う声。自分より強い想いを目の当たりにしたと感じた故の不安。足元がぐらつく感覚。恐らく、当たり前がなくなる瞬間への恐怖。
「…隣に居るのが当たり前だなんて、そんな筈ないのにね」
小さく呟いて、思い出す。他の女の子が羅樹の隣に居て、初めて知った不安。隣で笑うのは幼馴染だけではないのだ。近くて遠いその場所は、不安定な足場であると思い知らされた。私はそれで恋心を自覚したけれど、鹿宮くんは恋心を自覚した上で不安定な「隣」という立場へ疑問を抱いている。嫉妬の情ではなく驚きがまさったせいで。そして、その感情は私が理解出来ない感情で。いくら恋心が分かっても、心の音が聞こえても、理解出来ないなら踏み入ることも出来ない。今までと違う感覚に違和感が拭えなくて、動けなくなっている。
「…どうしよう」
知ってしまった恋心を放っておくことも出来ない。だってどう聞いたって鹿宮くんは明を想っているのだ。自分の「好き」に自信が持てないだけで、恋心は育ちきっているのだ。
とりあえず帰ろう、と校門に向かって歩き始める。何となく鹿宮くんが去って行った方向には行きにくくて、別のルートを選んだ。ぼんやりと考えを巡らせていたため、少し俯きがちになっていたと思う。そんな私の頭上に降り注ぐ、明るい声。
「ゆーうーねっ!」
見上げると至近距離に千夏がいた。1階にある家庭科室の窓から顔を出している。
「わっ!?千夏!?びっくりした…」
「ごめんごめん。ねぇ、今時間ある?」
その瞳は少女のようにキラキラと輝いていて。文化祭前あたりで見たような気がするその表情には、少々悪寒がした。けれど餌前で「待て」を言い渡された犬のようにわくわくしている千夏を見て、断るなんて選択は出来なかった。どうせ今家に帰っても答えの見つからない問いに悩まされるだけだ。気分転換ついでに、付き合うのも悪くないだろう。
「うん、大丈夫だよ」
「本当!?ならちょっと来てくれない?」
「被服室?」
「そう。宜しくね!」
千夏の後ろで、自作の可愛らしい服を持っている1年生は見ない振りをした。
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