神様自学

天ノ谷 霙

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1月9日 礼と縁

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翌日、私は検査を受けて異常がないことが分かると、無事に退院した。今日は土曜日。少し落ち掛けた体力を取り戻すという名目で、散歩に出掛けた。また倒れることを考慮した両親に羅樹と行くよう勧められたが、私の復活に安堵した羅樹は寝不足等の体調不良に苛まれている。これ以上迷惑は掛けられないと何とか説得して、私は1人で歩いていた。
これから行く先に、羅樹や他の人を連れて行くことは出来ないから。
霜月神社と書かれた神額を目印に、赤い鳥居を潜る。建物の影で、人目につかないよう"恋使"へと姿を変える。私の気配に反応したのか現れた狐に微笑むと、狐は黙って頷き、私を奥へと案内してくれた。
「夕音様がいらっしゃいました」
「夕音?」
スッと障子が開けられ、赤い瞳を丸く見開いた稲荷様と目が合う。
「お久しぶりです、稲荷様」
「久しい…か?うむ、まぁ、入れ」
促され、稲荷様の目の前に正座する。狐は私の意図を察してくれたのか、障子を音もなく閉めて何処かへ行ってしまった。
「何か用事か?」
「はい。1週間前、私を助けてくれたお礼を言いたくて」
「礼?」
きょとんと首を傾げる稲荷様に、私は困ったように笑った。
澪愛みおう様の離れの庭園にて、私が我を失った時のことです。私、あのまま暴走していたらきっと友人を、友人の大切な人を殺めていた。だから、あの時私の元まで来て、私を呼び戻してくれて、ありがとうございました」
私は畳に手を付けて、深く礼をした。この国の文化だということは稲荷様も知っているだろうが、急なそれに驚いたらしい。戸惑いながら止めるよう促し、私が従うと小さく息を吐いた。
「…知っての通り、わたしは夕音や周囲の恋心の変化を知るために常に夕音と繋がっている。それが急に途絶えたのだ。何かあったのかと、心配するのも致し方あるまい」
頬を少しだけ赤く染めながら、恥ずかしそうに告げる。その様子にクスリと笑みを漏らすと、唇を噛んで顔を背けてしまった。
「それで、どうして私の中に澪愛様達が入って来たのでしょうか。その辺りはあまり理解出来ていなくて」
私の言葉に、稲荷様はチラリと視線を動かす。真剣な態度を汲み取ってくれたのか、小さくため息をついて説明してくれた。
「あそこにある桜は、澪愛の思念体を宿している。言うなれば記憶だ。夕音の持つ力と似通っているだろう?そのせいでえにしが結ばれたのだ」
「縁?」
「あぁ。本来ヒトの身であれらを下ろすことは相当な負担になる。しかし夕音はわたしの加護を受けた"恋使"であり、ヒトよりはこちらに近しい者だ。だから多少は受け入れることが出来た。恐らく1人2人程度ならどうにかなったのだろう」
確かに、会食会場で1人を宿した時は何も無かった。その後倒れたのは、刺されたことによる原因が大きいだろう。
「国を背負い立ち、雨乞いや晴迎えの儀を行える程の特別な力を持つ者だった。そんな者達を一気に身に下ろせば自我を保つこと自体難しかろう」
「なるほど」
稲荷様はそこまで話して、ふぅっと息を吐いた。何だか疲労の色が見える。不安げに瞳を揺らすと、察したらしい稲荷様は苦笑いを浮かべた。
「本来、わたしのような特定の場に祀られた者はそこから離れるのに相当な力が要るんだ。今回は緊急事態だったし、一気に力を使ったからな。回復するのに少々時間が掛かるんだ」
「えっ…ご、ごめんなさい…」
「気にするな。わたしが行きたくて行ったんだ。それに夕音だって力の使い過ぎで倒れただろう?」
「え?」
「え?」
私は聞き返して、ぱちくりと瞳を瞬いた。
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