神様自学

天ノ谷 霙

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1月8日 心配

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目を覚ますと、白く四角い天井が見えた。ぼんやりとした意識のまま体を動かそうとすると、固まったように動かしにくい。
「…え?」
声も久しぶりに出したかのようにカサついている。ゆっくりと体を起こして辺りを見回すと、白いベッドの上に寝かされていたようで、近くのサイドテーブルには誰かのバッグがより掛かるように置かれている。見覚えがあるが、誰のかはパッと出て来ない。
ここは、どこだ。
考えを巡らせて、1番最新の記憶を取り出そうと頭を動かす。何故だか頭痛がして来そうだ。額を押さえて何かしら思い出そうとすると、がしゃんっと何かが割れる音がした。ふいに音のした方に目を向けると、涙をいっぱいに溜めた羅樹が、そこにいた。
「…夕、音…?」
「羅樹」
どうしてここに、と続ける前に落とした花瓶などには目もくれず、羅樹は一直線に私に駆け寄って来た。そのまま首に腕を回され、抱き締められる。私は状況が理解出来ず、耳元でしゃくり上げる羅樹を宥めるように背中を撫でた。よく見ると、羅樹の身体中が震えている。何かに怯えるように私に縋ってくる。
「何の音…あぁ!稲森さん起きたんですね!」
看護師らしき女性が怪訝そうに部屋に入って来た後、私を見て驚き半分喜び半分で笑った。慌てて医者を呼びに行き、入れ替わりで別の看護師が割れた花瓶を片付け始めた。羅樹が落としたのに申し訳ないと思いながらも、私は自分の状況が未だ飲み込めず、ただ羅樹の背中に手を置いていた。
医者がやって来て、1週間眠り続けていたこと、その原因はわからないが腹部の怪我は命に別状はないこと、今日1日はまだ様子見のために入院すること、等いくつかの説明を受けた。説明中は泣き止んだ羅樹がぎゅっと手を握り続けていた。その目は赤く腫れている。まるでここ数日泣き続けていたように。医者が別の患者の元へ行くと、入れ替わりでノックの音が響いた。入って来たのは花火だ。何度も見たメイドの服に身を包んでいる。
「こんにちは」
「花火?えぇっと…」
「状況は私が説明するわ」
花火が話し始めたのは、1月1日の夜に行われた会食での騒動からだった。確かにそこまでは覚えている。せん様とこん様の仲に嫉妬したご令嬢に刺されたところまでなら。
「その後夕音が倒れて、慌てて病院に運び込んだのよ。この病院に。すぐに治療して、命に別状はないって言われてホッとしたわ。でも手術が終わろうが麻酔が切れようが何が起きても夕音が目覚めない。体に異常はないってお医者様は仰っていたから、そのまま入院してもらってたの。お嬢様も心配していたわ。お屋敷の客間にベッドを用意するって言い出して、それじゃあ夕音の両親や友人が見舞いに来られませんよって言ったら渋々諦めていたけど」
くすくす笑いながら告げる花火の目には、安堵が読み取れて。今更ながら皆に心配掛けたことに気が付く。
「毎日この時間に見舞いに来ていたのだけど、今日はお嬢様に良い報告が出来そうで嬉しいわ。夕音、無理させてごめんなさい」
「えっ!?い、いや、そんな…」
「治療費はお嬢様達が、といってもあのご令嬢の家が払ってくれるから気にしないでね。じゃあ私はこれで」
「う、うん。ありがとう」
手土産に持ってきた高級ケーキ店のロゴの入った箱を置いて、花火は早々に立ち去ってしまった。私が視線を動かすと、まだ手を離してくれない羅樹がベッドに突っ伏していた。
「…羅樹?」
規則正しい寝息が聞こえてきて、その目の下に隈が出来ていることに気付く。
「…羅樹のあんな表情、初めて見た」
ぽそりと呟いた声は、宙に溶けていった。
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