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1月1日 駄目
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※流血描写があります。苦手な方はご注意ください。
「貴方さえ、いなければ!」
そんな叫び声と同時に、じわりと熱が広がっていく。目の前では琥珀色の瞳がゆっくりと大きく見開かれ、唇がわなわなと震え始めた。横腹のあたりが強い熱を帯びている。そんな体とは裏腹に、思考は段々冷静になっていった。「静かだな」とか「ドレス汚しちゃうな」とか、そういったことばかりが脳裏を滑っていく。
「夕音!」
扇様の悲痛な叫び声が聞こえる。私は指先に力を込めて、手を水平にまっすぐ伸ばした。
駄目。貴方が出て来ては、私が先に気付いた意味が無くなってしまう。
「…な、なんで…!?」
目の前の令嬢は酷く気が動転しているようで、焦りの滲んだ戸惑いの声を上げた。すぐにナイフから手を離してくれたので、押されて更に深く刺さることもない。
「…駄目、ですよ」
ぽたり、ぽたりと零れ落ちる赤が、床を汚していく。私の低いヒールに引き摺られて、掠れた。
「壊しちゃ、駄目です。望みのない恋でも、大切な思い出として割り切るしかないんです。そこで思いやる心を壊してしまったら、きっと自分の想いすら壊れてしまう」
脳裏に浮かぶのは、恋に囚われ禁忌に手を出した神様のこと。根も葉もない噂を信じ、盲目的に恋使の力に執着してしまった虹様のこと。
同じように道を踏み外してはいけない。まだ戻れる。滲んだ熱から裂けるような痛みが襲って来たが、まだ私で良かったと思える。私が堪えれば、彼女は人殺しにはならない。
瞬きの間に、黄色の花弁が宙を舞う。令嬢の瞳が、花びらを映した。私は目の前にいる令嬢に1歩近付く。一瞬だけ意識の中に私を案じる声が聞こえて来た。彼女達の1人を受け入れて、私はゆっくりと足を引く。
「貴方の花が、赤く咲き誇る日を」
付け焼き刃などではない、完璧な淑女の礼を返す。意識の端で桜色の光が淡く揺れる。どうやら私を心配して、こんなところまで出て来てしまったらしい。私は小さく笑みを浮かべて、「大丈夫」と心の中で返した。心配そうな彼女は、不安げな表情のまま桜の中へ戻っていく。その瞬間身体中の力が抜け、膝を折ってそのまま倒れ込んだ。
「…~ね!!」
「~~っ!」
「…!~く~~」
交わされる叫び声が意味として処理出来ない。冷たい床に身体中が冷えていく。銀製のナイフはまだ私の腹部に刺さったままだ。伝う赤い液体が、止まることなく零れ落ち、ドレスにシミを作っている。
ぼんやりと薄れゆく視界の中、舞い散る花弁は春先によく見る愛らしい花であった。幼子の手のようなチューリップ。黄色のそれは「望みのない恋」という花言葉を持っているけれど、赤く染まったならば、きっと。
そんなことを考えながら、私は意識を手放した。
「貴方さえ、いなければ!」
そんな叫び声と同時に、じわりと熱が広がっていく。目の前では琥珀色の瞳がゆっくりと大きく見開かれ、唇がわなわなと震え始めた。横腹のあたりが強い熱を帯びている。そんな体とは裏腹に、思考は段々冷静になっていった。「静かだな」とか「ドレス汚しちゃうな」とか、そういったことばかりが脳裏を滑っていく。
「夕音!」
扇様の悲痛な叫び声が聞こえる。私は指先に力を込めて、手を水平にまっすぐ伸ばした。
駄目。貴方が出て来ては、私が先に気付いた意味が無くなってしまう。
「…な、なんで…!?」
目の前の令嬢は酷く気が動転しているようで、焦りの滲んだ戸惑いの声を上げた。すぐにナイフから手を離してくれたので、押されて更に深く刺さることもない。
「…駄目、ですよ」
ぽたり、ぽたりと零れ落ちる赤が、床を汚していく。私の低いヒールに引き摺られて、掠れた。
「壊しちゃ、駄目です。望みのない恋でも、大切な思い出として割り切るしかないんです。そこで思いやる心を壊してしまったら、きっと自分の想いすら壊れてしまう」
脳裏に浮かぶのは、恋に囚われ禁忌に手を出した神様のこと。根も葉もない噂を信じ、盲目的に恋使の力に執着してしまった虹様のこと。
同じように道を踏み外してはいけない。まだ戻れる。滲んだ熱から裂けるような痛みが襲って来たが、まだ私で良かったと思える。私が堪えれば、彼女は人殺しにはならない。
瞬きの間に、黄色の花弁が宙を舞う。令嬢の瞳が、花びらを映した。私は目の前にいる令嬢に1歩近付く。一瞬だけ意識の中に私を案じる声が聞こえて来た。彼女達の1人を受け入れて、私はゆっくりと足を引く。
「貴方の花が、赤く咲き誇る日を」
付け焼き刃などではない、完璧な淑女の礼を返す。意識の端で桜色の光が淡く揺れる。どうやら私を心配して、こんなところまで出て来てしまったらしい。私は小さく笑みを浮かべて、「大丈夫」と心の中で返した。心配そうな彼女は、不安げな表情のまま桜の中へ戻っていく。その瞬間身体中の力が抜け、膝を折ってそのまま倒れ込んだ。
「…~ね!!」
「~~っ!」
「…!~く~~」
交わされる叫び声が意味として処理出来ない。冷たい床に身体中が冷えていく。銀製のナイフはまだ私の腹部に刺さったままだ。伝う赤い液体が、止まることなく零れ落ち、ドレスにシミを作っている。
ぼんやりと薄れゆく視界の中、舞い散る花弁は春先によく見る愛らしい花であった。幼子の手のようなチューリップ。黄色のそれは「望みのない恋」という花言葉を持っているけれど、赤く染まったならば、きっと。
そんなことを考えながら、私は意識を手放した。
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