神様自学

天ノ谷 霙

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12月31日 本題

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凛とした強い光を宿す瞳が、真っ直ぐに当主へ向けられる。
「貴方が守りたかったものは何ですか?」
「何、とは?」
此方こちらが聞いているのです。お答えください。何を守ろうとして夕音さんに手を上げようとしたのか」
「決まっているだろう。娘を守るためだ」
当主は質問の意図を掴みかねながらも、定型句のようにその言葉を繰り返した。私も困惑しながら、話に耳を傾ける。当主の返答を聞いて、お母様は目を鋭く細めた。
「それは、せんを、という認識で宜しいでしょうか」
「他に誰がいるというのだ」
怪訝そうな顔を浮かべる当主に、お母様はふっと笑みを浮かべる。
「失礼、こう言った方が分かりやすいですわね。澪愛みおうの力を宿す娘扇自身を守りたいという気持ちから、貴方は娘を守ろうとしたのですか?」
その質問は、扇様が離れで当主にしたものと全く同じ意味を含んでいた。当主も気付いたのか、顔色を真っ青に変えている。
「大方、扇にもその気持ちを見抜かれていたのでしょう。先程わたくしの部屋に訪れた際、貴方のことを説明する言葉に棘を感じましたもの」
儀式を重んじるあまり、形式にばかり拘ってしまう。そのように、扇様は自身の父親を表現した。恐らく、その言葉のことを言っているのだろう。確かに改めて言われると、こん様と比較して父親を卑下するようにも聞こえる。それを一瞬で見抜くとは、やはり母娘なのだと感じさせる。
「扇の中で、貴方の信用は地に落ちたのでしょう。命を賭して庇ってくれた紺様より、自身を思い奔走してくれた夕音さんより、それは確実でしょうね」
当主の顔色がこれ以上ないくらいに悪くなる。当然だろう。生まれた時から側にいた筈なのに、今年から知り合った程度の庶民の娘に信用度で負けているのだから。扇様も、父親には父親の考えと背後があると理解はしていても、そこを切り離して考えることは出来なかったらしい。言葉の背景に、棘が滲む。
「その回復手段は1つだけ。扇の願いを叶えることです」
「…扇の、願い?」
お母様は頷いて、にっこりと笑った。それは悪戯っぽくもあり妖艶でもある。不思議な魅力を持った笑みだった。
「えぇ。扇と紺様の婚約を正式に認め、明日の10時から始まる新年の挨拶と共に発表することです」
「は」
「もう準備は始まっております。それとも、急だ何だと言い訳して更に信頼を失う方がお好みですか?地に落ちたものを再び空に飛ばすのは容易いですが、地中に潜ってしまったら引っ張り出すところから始めないといけませんよ」
笑顔の裏に隠された、黒い皮肉。選択肢など、最初から無かった。
「…っ……了承した、挨拶を練り直そう」
「手伝いますわ」
くすくすと笑うお母様に、敵に回してはいけないと本能で感じた。
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