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12月31日 話し合い
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扇様のお母様は、護衛や当主が手当てをしている部屋の襖を勢いよく開けた。ダンッという木と木の擦れ合う音が重く響く。びっくりした顔を浮かべている旦那と使用人を一瞥すると、にっこりと笑った。
「旦那様、お話が」
その美しい笑顔からは微かに冷気が漂っているように感じられた。感じ取ったのは私だけではないらしく、当主も怯えたような表情を浮かべていた。後ろに控えている私という存在も手伝っているのだろうが、完全に妻に怯えているのは気のせいだろうか。
処置を施し終えて手の空いた使用人が、その隣の部屋を片付けて通してくれた。私が小さく礼をするとビクッと肩を震わせたので、恐らく離れにいた使用人の1人だろう。申し訳なさを感じながら、私は通されるがままに隣の部屋でお母様の隣に腰掛けた。対面には縮こまっている当主がいる。
「さて、本題に入る前に。貴方、可愛い娘のご友人に手を上げたと聞いたのですが」
パンッと扇子を広げながら目を細める。その口調はただ問い掛けているだけの筈なのに、蛇に睨まれているようなそんな不思議な迫力があった。
「そ、それは…っその…」
当主はチラッと私を見て、険しい表情を浮かべた。私を退治せよ、と使用人に命じた時のような「上に立つ者」の表情に一瞬で変わったのは、見てて驚いた。
「その可愛い娘の命が危険に晒されたから、私は抵抗したのだ。護衛も私も吹き飛ばされ、このザマだがな。扇は無事か?怪我をしてはいなかったと思うが…」
「無事です。紺様が庇ってくださったそうで。…それで旦那様、娘はただ眠っていただけと聞きましたが?」
ビクッと肩を震わせながらも、当主として威厳のある面持ちで口を開く。
「儀式を行なっている部屋から離れたところで眠っていて、尚且つ扇以外いる筈のない離れに別の人間がいたらその者を危険因子として疑うだろう」
当主の言い分は尤もで、私は思わず俯く。
「ふむ。それは確かにそうね。夕音、何故貴方は離れにいたの?」
「えっ」
急に話を振られて、驚いて顔を上げる。扇子から覗く美しい顔は無邪気で、ただ知りたいだけのように見えた。
「扇様の側に、とここに来た意味が分かったからです」
「どういう意味かしら?」
「私の友人、扇様の使用人である彼女から頼まれて、ここに来ました。扇様の支度中の相手になって欲しいと。その中で儀式のことを聞き、血を流し続ける恐ろしさにどうにかすることは出来ないのかと考えました。そしてその手段を見つけたので、紺様に通していただいたのです」
「…なるほど。それが"雨を降らし晴れを迎える"力ということね。その力を知っていたのはどうして?」
「…っ……それ、は…」
「言いたくないなら無理には聞かないわ。あぁ、澪愛の女を身に宿したと聞いたわ。きっとそういった類のものに愛されやすいのね。そのお告げと考えても差し支えないかしら?」
「えっ…あ、はい。そうですね、そんな感じ、です」
「夕音さんは、扇が傷付かないように考えて行動に移したのね。それは素晴らしいわ。こんなに優しく他人を思いやれる方と友人になるなんて、扇は幸せね」
真っ直ぐな褒め言葉が照れくさい。手を握られてしまったので目を逸らすことも出来ず、ただ頬が熱くなるばかり。
「さて、問題はその後ね」
ゆっくりと手を解放され、ほっと胸を撫で下ろす。顔を上げると、お母様が真剣な表情で当主を見つめていた。扇子を下ろし、膝の上で手を重ねている。気迫と上品さを兼ね揃えたその姿から、私は目が離せなかった。
「旦那様、お話が」
その美しい笑顔からは微かに冷気が漂っているように感じられた。感じ取ったのは私だけではないらしく、当主も怯えたような表情を浮かべていた。後ろに控えている私という存在も手伝っているのだろうが、完全に妻に怯えているのは気のせいだろうか。
処置を施し終えて手の空いた使用人が、その隣の部屋を片付けて通してくれた。私が小さく礼をするとビクッと肩を震わせたので、恐らく離れにいた使用人の1人だろう。申し訳なさを感じながら、私は通されるがままに隣の部屋でお母様の隣に腰掛けた。対面には縮こまっている当主がいる。
「さて、本題に入る前に。貴方、可愛い娘のご友人に手を上げたと聞いたのですが」
パンッと扇子を広げながら目を細める。その口調はただ問い掛けているだけの筈なのに、蛇に睨まれているようなそんな不思議な迫力があった。
「そ、それは…っその…」
当主はチラッと私を見て、険しい表情を浮かべた。私を退治せよ、と使用人に命じた時のような「上に立つ者」の表情に一瞬で変わったのは、見てて驚いた。
「その可愛い娘の命が危険に晒されたから、私は抵抗したのだ。護衛も私も吹き飛ばされ、このザマだがな。扇は無事か?怪我をしてはいなかったと思うが…」
「無事です。紺様が庇ってくださったそうで。…それで旦那様、娘はただ眠っていただけと聞きましたが?」
ビクッと肩を震わせながらも、当主として威厳のある面持ちで口を開く。
「儀式を行なっている部屋から離れたところで眠っていて、尚且つ扇以外いる筈のない離れに別の人間がいたらその者を危険因子として疑うだろう」
当主の言い分は尤もで、私は思わず俯く。
「ふむ。それは確かにそうね。夕音、何故貴方は離れにいたの?」
「えっ」
急に話を振られて、驚いて顔を上げる。扇子から覗く美しい顔は無邪気で、ただ知りたいだけのように見えた。
「扇様の側に、とここに来た意味が分かったからです」
「どういう意味かしら?」
「私の友人、扇様の使用人である彼女から頼まれて、ここに来ました。扇様の支度中の相手になって欲しいと。その中で儀式のことを聞き、血を流し続ける恐ろしさにどうにかすることは出来ないのかと考えました。そしてその手段を見つけたので、紺様に通していただいたのです」
「…なるほど。それが"雨を降らし晴れを迎える"力ということね。その力を知っていたのはどうして?」
「…っ……それ、は…」
「言いたくないなら無理には聞かないわ。あぁ、澪愛の女を身に宿したと聞いたわ。きっとそういった類のものに愛されやすいのね。そのお告げと考えても差し支えないかしら?」
「えっ…あ、はい。そうですね、そんな感じ、です」
「夕音さんは、扇が傷付かないように考えて行動に移したのね。それは素晴らしいわ。こんなに優しく他人を思いやれる方と友人になるなんて、扇は幸せね」
真っ直ぐな褒め言葉が照れくさい。手を握られてしまったので目を逸らすことも出来ず、ただ頬が熱くなるばかり。
「さて、問題はその後ね」
ゆっくりと手を解放され、ほっと胸を撫で下ろす。顔を上げると、お母様が真剣な表情で当主を見つめていた。扇子を下ろし、膝の上で手を重ねている。気迫と上品さを兼ね揃えたその姿から、私は目が離せなかった。
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