神様自学

天ノ谷 霙

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"彼女"の問い掛け 紺

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風に舞う、淡く光る桜の中で夕音の姿が変化した。稲穂色の髪の先が、鈍い桜色に染まっている。その姿は儀式用の衣装だと思っていたが、何となく巫女のような雰囲気も纏っていた。瞳は朱色に発光し、ひと睨みされれば足が竦む。ぞくりと背筋が凍り、人ならざる者に対峙した気分になる。
冷たく言い放った殺害予告は、せんを友人だと思いやる彼女の声とは全く違って聞こえた。当主が使用人達に命じるが、何分儀式の最中であった。武器を所持している者は護衛用に付いてきた数人であり、ほとんどの使用人は丸腰である。平和な世の中では戦闘経験も少なく、明らかな殺意を放つ彼女には到底及びそうにもない。
「…!」
護衛が当主や他の使用人より前に出る。石庭に足を下ろし、じりじりと睨み合う。4人の護衛を一瞥した後、ふっと口角を上げて彼女は手を水平に薙いだ。たった、それだけの動作であった。
護衛4人は離れの屋敷を壊すほどの勢いで吹き飛ばされ、全員が全員気絶や負傷によりこの場に戻ってくることは出来なくなった。
「…なっ!」
当主の焦る声が聞こえる。護衛を気にした瞬きの間に、彼女は当主の目の前に現れた。
「遅い」
当主は避けることも出来ず、障子を割って背中から後ろにはね飛ばされる。
「何だ、責任を取らせると息巻いておいてその程度ですか」
事も無げにそう呟いて、虚ろな朱い目を向ける。当主の元に使用人が駆け寄るのもどうでもよさそうに眺め、「息はあります!」という声が響いても眉一つ動かさなかった。その視線が扇の方へ向いたことに気付き、どっと気持ちの悪い脂汗が背筋を伝った。当主の元へ向かったのとは違い、ゆっくりと足を踏み出した。嫌な予感が襲い、扇の前に走り寄った。ほんの数メートルしか走っていないのに足場の悪さか、命を張っている責任感か、息が酷く荒くなっていた。
「お前は?」
威圧的な声に、耳がビリビリする。それでも負けるわけにはいかない。
「私はこん鳳凰ほうおう家の嫡男であり、扇、澪愛みおうの娘の婚約者だ」
彼女は目を細め、怪訝そうな顔を浮かべる。夕音であれば知っているはずの事実に、疑問符を浮かべる彼女は一体、誰なのだろうか。再び口を開き、問い掛ける。
「何故その者を庇う?」
「聞いていなかったのか?私は扇の婚約者だ」
彼女は首を傾げ、よく分からないといった態度を取る。
「婚約者など、家に決められた家のための契約だろう。その者を守る理由になるのか?」
その言葉に、純粋にわからないという態度に、絶望に似た怒りを感じた。
「…っ違う、そうじゃない…っ!」
「何が違う?」
身体中を熱い血が巡る。痛いくらいに心臓が動いている。違う。家のためだけじゃない。契約じゃない。血筋を守るためだけの、情のないそんな関係じゃない。
「私は、私は婚約者である扇を心の底から愛している!」
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