神様自学

天ノ谷 霙

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宿る記憶が囁いて

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ゆらり、ぐらりと視界が歪む。霞んだ向こうで何が見えているのかわからない。足元が覚束なくて、浮遊しているような不思議な感覚が体を襲う。ふらついた先で一瞬だけ見えた私の足元は桜色に発光しており、いつ履いたのかわからない草履に覆われていた。
舞い散る花弁に埋もれていくように、視界が暗く染まっていく。いっそ、と瞳を閉じるとくすくすと笑う複数の女の声が聞こえてきた。
『この子、私達の記憶が見えるのね』
『まぁ、それなら体を貸してくれないかしら』
『あら、儀式を成功させたのね』
『羨ましいわ。力があるって、素敵ね』
言葉の意味は理解出来る。何を言っているかはわかる。それなのに全く頭に入ってこない。思考に靄が掛かったように考えることが出来なくなっている。
『この子、本当にヒトかしら』
『ヒトにしては随分こちらに近いわね』
『えぇ、私達より近いかもしれないわ』
『それなら私達皆、その身に下ろせるかもしれないわね』
ずぷり、と心臓に急激に負荷が掛かったような感覚に目を見開く。しかしその先も暗闇であり、ただ私の手足と顔の見えない声の主が桜色に発光しているだけだった。その色と言葉、姿。恐らく澪愛みおうの桜に宿っていた思念体だろう。私の体に宿ろうと入り口を探っている。そして彼女達が触れる度に、入り込む度に私の心臓に相当な負荷が掛かる。耐え切れない。沈められているような、そんな感覚。痛い。苦しい。重い。
それなのに、抵抗する気力さえ失われているらしい。
私は、妾は、わたしは、だれだっけ。
稲森、いな、みおう、澪愛、ヒト、ひと、にんげん。
人間であって、ヒトでないもの。
音が聞こえる。しゃらん、しゃらんと金属の擦れる音。聞き覚えがある。この音はなんだっけ。聞いたことのある何だか懐かしい音。この音が響く時だけ、光が弱くなる。
「おい!おい、お前!」
「大丈夫か、夕音!」
だれのこえ?
しってる。知ってる。さっきまで、話してたヒト。わたしの命を奪おうとするヒト。責任という言葉で縛って、不当に、不正に、わたしを壊そうとするヒト。

『なら、どうする?』
どうするって?
『このままじゃ殺されちゃうんでしょ?』
そうだね。
『どう、抵抗する?』
決まってる。

くすくすと笑う声が私の視界を開く。桜を背に負い、私は再び返り咲く。強き風が吹き、私の髪が煽られる。その髪の先は薄暗い桜色に染まっており、私の中の澪愛が表象していく。
私の前に並ぶヒトが私を見ている。警戒心を露わにして、敵意を剥き出しにしている。私は唇を歪ませて静かに笑った。

「殺られる前に、殺らなきゃね」
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