神様自学

天ノ谷 霙

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雨乞い

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離れは中々に広く、空がよく見える場所に移動するまで5分程かかった。部屋はそれぞれ小さい窓が付いているばかりで、障子を開け放っても空全体が見えることはなかった。そのため南に面した板敷状の通路で行うことにした。目の前に広がる石庭は、足を踏み入れることは許さないとでもいうかのように綺麗に整えられていた。
儀式の開始からそこそこの時間が経ち、もう既に暗くなった夜空には星一つ見えない。街明かりが酷く明るいせいで、瞬いていても見えないのだろう。いつもより色濃い闇に覆われた空を見上げた。満月に近い月だけが明るい。先に座った奥方様の隣に正座し、街明かりとその奥に見える海をまっすぐ見つめた。夜の海は浅瀬に近いところだけ街灯に照らされているようで、その奥は深淵の闇のように真っ暗だった。
「最後に、願いを託しても良いか?」
「えっ?えぇ、はい」
静かに問われた言葉の意味を咀嚼する前に、反射的に答えてしまった。奥方様はふっと寂しそうに笑って、私を見た。その姿はせん様の筈なのに、奥方様自身の姿が重なって見えた。
澪愛みおうの娘を、扇と申すこの娘を、末長く宜しく頼む」
そう言うと、私の返事を待たずに奥方様は目を閉じ、扇様と交代してしまった。再び目を開けた時にはもう既に扇様となっており、一瞬驚いたような表情を浮かべた。
「私、どうしてここに…いや、わかってるわ。私の記憶の中にはあるの。見ていたこと、先祖様のこと、けれど上手く飲み込めなくて驚いてしまったわ」
「無理もありません」
人ならざるものの力をその身に受け、遠い過去の記憶を見せられ、正気を保っていられる方が異常というもの。その記憶を保持し理解するというのは、慣れていない者にとって難しい筈なのだ。しかしそれを多少の混乱で済ませ、今から行うことに覚悟を決めるその姿はやはり、特別性を感じさせた。
「雨を乞い、晴れを呼び寄せる力がこの身に宿っているなんて、考えもしなかったわ。けれど、出来たならこの血の苦しみも和らぐかもしれないのね」
扇様はふっと微笑んで、月を見上げた。扇様の瞳に映ったその月は、青白く発光しているように見えた。手を肩口から回し目の前に伸ばす。器のように作った手で月をすくいとるように動かすと、扇様の唇から言の葉がこぼれ落ちた。

"導きましょう 辿りましょう 澪が示せし 道標"

"奏でましょう 唄いましょう 愛を包みし 雨翔あまがける"

私の耳には二重の声となって響いてきた。その声に反応したかのように月の周りを駆ける2頭の龍。白と灰の体は暗闇に映え、幻想的に夜空を彩っていく。やがて龍達は月を隠し、この国の広範囲に優しい雨を降らせた。
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