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hear&voice 作夜
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「…好き勝手言ってる暇があれば、仕事をして下さい。凄い不快です」
私は壁を叩きながら呟いた。ぴたり、と声がやんだ。誰もが様子を伺っていた。視線は私に集中した。
私はこの間稲峰さんに会った時「女性が噂をしていた」と言うと顔が引きつったのをよく覚えている。悲しそうな、切ない顔。私は何故あんな表情をしたのか知りたくて、女性の会話を聞いていた。盗み聞きなんてはしたない、と思われるだろうが知りたいのだ。言い訳はしない。あの表情の意味を知りたいから、私は少し聞くのだ。女性の会話を。
「ねぇ、稲峰さんってさぁ、アタシらを見下してるのかなぁ?」
「あー、わかる!なんかさ、扇様のメイドだからかな?そんないないじゃん?だから鼻にかけてるのかもねー」
「だよねぇ、同じ付き人の作夜くんみたいに謙虚にすれば良いのによぉー…マジ、最悪」
「ほんと、ホント。うっざいよねえ」
私は段々怒りたくなった。何故だかよく分からないけれど、凄くむかついて、イライラして、とうとう、壁に拳をぶつけて言葉を吐いていた。
静まり返った部屋の中で、私は静かに呼吸をした。
もう嫌で。
こんな雰囲気の職場が嫌で仕方なくて。
大体私は19歳。高校からこの仕事をしていて、最近卒業した。扇様の付き人は特殊な選び方をしている為、私と稲峰さんだけまだ20歳を過ぎていない。成人した大人はこんなにも醜いのか。辛いことは吐き出すべきだが、こんな形で1人に全てを押し付けるべきでは無いと思う。
「…どうしたの?」
その時、物陰から扇様が現れた。私は壁に当てたままの手を引っ込めて、静まり返った中言葉を発しようとした。しかし、唇から発されるのは空気のみで、声にはならなかった。
すると、そっと扇様の前で跪く人影が現れた。その人影は強く凛々しい声で言葉を発し、頭を垂れた。
「なんでもありません、お嬢様」
「そう、なら良いわ。ねぇ花火、私疲れちゃった。何か冷たい飲み物を持ってきてくれる?私は部屋に戻ってるわ」
「承知致しました」
扇様はゆっくりとその場を離れていく。私はただ、呆然と見つめているだけだった。
「片倉さん」
ふいに稲峰さんは私のもとへ近付いてきた。そして姿勢を崩さぬまま、私をまっすぐに見た。
「お嬢様の好きな、スターチスの花を摘んで来て下さい。色は、任せます。私は飲み物を持って行くので。お願い致します」
そう言うと周りの目線を気にしていないかのように踵を返して給仕室に向かった。
私はそれを目で追いかけた後、庭に出た。
「ス、ター…チス…スター、チス…」
私はスターチスの花を探した。庭師に聞き、探した。やっと見つけたのは、桃、黄、紫の花々。スターチスは、門の近くにあった。
「どの色が、良いのでしょうか…」
私が迷っていると、門の外に人影が現れた。女性のようで髪は長く、私から見て右下に束ねている。オレンジがかった赤い瞳が印象的だった。風に揺れる髪が、一瞬透明に揺れたような気がした。
「紫は上品、桃は永久不変、黄色は変わらぬ愛、誠実、です」
その女性は呟いた。そして、しゃがむと私の目をまっすぐ見て言った。
「お嬢様の、恋心ならばスターチス全般に当てはまる。だから貴方の思う花を選べば良いと思うわ」
その言葉には、私を動かす何かがあった。私は花を摘み、部屋に向かおうとした。礼を言おうと振り返ると、そこに女性の姿は無かった。
私はスターチスの花を握りしめた。そして考えた。
あの時、何故あんなにも怒りを覚えたのだろうか、と。
私は壁を叩きながら呟いた。ぴたり、と声がやんだ。誰もが様子を伺っていた。視線は私に集中した。
私はこの間稲峰さんに会った時「女性が噂をしていた」と言うと顔が引きつったのをよく覚えている。悲しそうな、切ない顔。私は何故あんな表情をしたのか知りたくて、女性の会話を聞いていた。盗み聞きなんてはしたない、と思われるだろうが知りたいのだ。言い訳はしない。あの表情の意味を知りたいから、私は少し聞くのだ。女性の会話を。
「ねぇ、稲峰さんってさぁ、アタシらを見下してるのかなぁ?」
「あー、わかる!なんかさ、扇様のメイドだからかな?そんないないじゃん?だから鼻にかけてるのかもねー」
「だよねぇ、同じ付き人の作夜くんみたいに謙虚にすれば良いのによぉー…マジ、最悪」
「ほんと、ホント。うっざいよねえ」
私は段々怒りたくなった。何故だかよく分からないけれど、凄くむかついて、イライラして、とうとう、壁に拳をぶつけて言葉を吐いていた。
静まり返った部屋の中で、私は静かに呼吸をした。
もう嫌で。
こんな雰囲気の職場が嫌で仕方なくて。
大体私は19歳。高校からこの仕事をしていて、最近卒業した。扇様の付き人は特殊な選び方をしている為、私と稲峰さんだけまだ20歳を過ぎていない。成人した大人はこんなにも醜いのか。辛いことは吐き出すべきだが、こんな形で1人に全てを押し付けるべきでは無いと思う。
「…どうしたの?」
その時、物陰から扇様が現れた。私は壁に当てたままの手を引っ込めて、静まり返った中言葉を発しようとした。しかし、唇から発されるのは空気のみで、声にはならなかった。
すると、そっと扇様の前で跪く人影が現れた。その人影は強く凛々しい声で言葉を発し、頭を垂れた。
「なんでもありません、お嬢様」
「そう、なら良いわ。ねぇ花火、私疲れちゃった。何か冷たい飲み物を持ってきてくれる?私は部屋に戻ってるわ」
「承知致しました」
扇様はゆっくりとその場を離れていく。私はただ、呆然と見つめているだけだった。
「片倉さん」
ふいに稲峰さんは私のもとへ近付いてきた。そして姿勢を崩さぬまま、私をまっすぐに見た。
「お嬢様の好きな、スターチスの花を摘んで来て下さい。色は、任せます。私は飲み物を持って行くので。お願い致します」
そう言うと周りの目線を気にしていないかのように踵を返して給仕室に向かった。
私はそれを目で追いかけた後、庭に出た。
「ス、ター…チス…スター、チス…」
私はスターチスの花を探した。庭師に聞き、探した。やっと見つけたのは、桃、黄、紫の花々。スターチスは、門の近くにあった。
「どの色が、良いのでしょうか…」
私が迷っていると、門の外に人影が現れた。女性のようで髪は長く、私から見て右下に束ねている。オレンジがかった赤い瞳が印象的だった。風に揺れる髪が、一瞬透明に揺れたような気がした。
「紫は上品、桃は永久不変、黄色は変わらぬ愛、誠実、です」
その女性は呟いた。そして、しゃがむと私の目をまっすぐ見て言った。
「お嬢様の、恋心ならばスターチス全般に当てはまる。だから貴方の思う花を選べば良いと思うわ」
その言葉には、私を動かす何かがあった。私は花を摘み、部屋に向かおうとした。礼を言おうと振り返ると、そこに女性の姿は無かった。
私はスターチスの花を握りしめた。そして考えた。
あの時、何故あんなにも怒りを覚えたのだろうか、と。
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