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信じることは力となる
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扇様、と呼びそうになって口を噤む。目の前で泣いている彼女は、奥方様のようだった。
「ずっと、心配していたんだ。私、いや妾がいなくなった後でどうなったのか。天命に逆らうとまではいかなくても、もう少し足掻けばもう1度私の大切な人に会えたかもしれない。そう後悔していた。けれど、良かった。舞茶は想い人と結ばれて、太平の世を築けて、本当に良かった」
空を見つめながら、奥方様はそっと呟いた。そして真っ直ぐに私を見つめ微笑む。
「貴方には感謝している。舞茶に会いたかった。舞茶に礼を言う機会をずっと逃していた。それを叶えてくれた貴方に、礼を告げたかった」
「舞茶さんに会えたのは、深沙という女の子がその身に彼女を宿していたからです。今の貴方と同じように、心の奥に。私は何もしていませんが…」
私がそう返すと、奥方様は驚いたように目を見開いた。
「気付いて、いないの?」
「何をですか?」
「…いや、何でもないわ。私の思い過ごしかもしれない。それで、この伝統を止めたいのだったわね」
「はい。澪愛の女が持つ雨降らしと晴れを呼ぶ能力。これが今も伝わっていればきっと、血を無駄に流すこともなくなると思うのです」
「そうだな。実に十数代ぶりの儀式だ。多少の手伝いはするが、出来るか否かはわからない」
奥方様は眉尻を下げて、申し訳なさそうにそう告げた。科学の多くが発展したこの現代で、雨を降らし晴れを呼ぶ力なんて作り話の中にしか存在しないものだ。信仰心の薄れや時代の流れで力の在り方も変化しているかもしれない。そもそも正しく伝わらなかったどこかの世代で力が失われたのかもしれない。
でも、だから何だと言うのだ。
私は見た。その力がかつて存在していたことを。その力を使う者が扇様に宿っていることを。
澪愛の特別性が絵空事だというのなら、人の記憶を記録して見る私の能力なんて、それこそ夢物語のようではないか。
私は知っているんだ。まだこの地には神と呼ばれる存在が見守っていて、秩序を作り出していることを。生物の間違いを正し、荒れぬよう壊れぬよう大事に守護してくれる存在がいることを。
その力を借りている私が信じないで、誰が信じるというのだ。
「それでも、私は信じています」
短い言葉の中に、全てを込めた。その想いを受け取ってくれたのかどうかは定かではないが、奥方様はふっと笑って立ち上がった。
「外を見渡せる場所に移動しよう。そこで今の澪愛に交代する」
「わかりました」
血が溢れ続ける腕はそのままに、私達は空が見える場所まで移動し始めた。
「ずっと、心配していたんだ。私、いや妾がいなくなった後でどうなったのか。天命に逆らうとまではいかなくても、もう少し足掻けばもう1度私の大切な人に会えたかもしれない。そう後悔していた。けれど、良かった。舞茶は想い人と結ばれて、太平の世を築けて、本当に良かった」
空を見つめながら、奥方様はそっと呟いた。そして真っ直ぐに私を見つめ微笑む。
「貴方には感謝している。舞茶に会いたかった。舞茶に礼を言う機会をずっと逃していた。それを叶えてくれた貴方に、礼を告げたかった」
「舞茶さんに会えたのは、深沙という女の子がその身に彼女を宿していたからです。今の貴方と同じように、心の奥に。私は何もしていませんが…」
私がそう返すと、奥方様は驚いたように目を見開いた。
「気付いて、いないの?」
「何をですか?」
「…いや、何でもないわ。私の思い過ごしかもしれない。それで、この伝統を止めたいのだったわね」
「はい。澪愛の女が持つ雨降らしと晴れを呼ぶ能力。これが今も伝わっていればきっと、血を無駄に流すこともなくなると思うのです」
「そうだな。実に十数代ぶりの儀式だ。多少の手伝いはするが、出来るか否かはわからない」
奥方様は眉尻を下げて、申し訳なさそうにそう告げた。科学の多くが発展したこの現代で、雨を降らし晴れを呼ぶ力なんて作り話の中にしか存在しないものだ。信仰心の薄れや時代の流れで力の在り方も変化しているかもしれない。そもそも正しく伝わらなかったどこかの世代で力が失われたのかもしれない。
でも、だから何だと言うのだ。
私は見た。その力がかつて存在していたことを。その力を使う者が扇様に宿っていることを。
澪愛の特別性が絵空事だというのなら、人の記憶を記録して見る私の能力なんて、それこそ夢物語のようではないか。
私は知っているんだ。まだこの地には神と呼ばれる存在が見守っていて、秩序を作り出していることを。生物の間違いを正し、荒れぬよう壊れぬよう大事に守護してくれる存在がいることを。
その力を借りている私が信じないで、誰が信じるというのだ。
「それでも、私は信じています」
短い言葉の中に、全てを込めた。その想いを受け取ってくれたのかどうかは定かではないが、奥方様はふっと笑って立ち上がった。
「外を見渡せる場所に移動しよう。そこで今の澪愛に交代する」
「わかりました」
血が溢れ続ける腕はそのままに、私達は空が見える場所まで移動し始めた。
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