神様自学

天ノ谷 霙

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火災

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晴天に喜ぶ人々の声が、街中に飛び交っている。奥方様が儀式用の部屋から出ると、待機していた使用人達が奥方様に何かを報告したり命じられたりを繰り返す。その会話内容から今日は年越しの日であることを知った。年越しから正月にかけてを晴天で迎える為に澪愛みおうの女が儀式を行う。名前の通り「雨乞い」とそれに伴って「晴天を呼ぶ」こと。これが澪愛の女に宿った特別性であり、血液など関係無かったのだ。何処かで捻れ、曲がった伝統が今せん様にまで伝わっている。正しく伝わっていればしなかった筈の苦しみを、味わい続けたことになる。それを断ち切る時が来たのだ。
ただ、この人智を超えた力が未だ澪愛の女に宿っているのだろうか。
それを証明出来なければ彼女達はこれからも血を流し続けることになる。
悩み始めた私の耳に、パチパチと爆ぜる音が聞こえてきた。儀式を終えて自室に戻った奥方様にも聞こえたらしく、きょろきょろと辺りを見回した後窓の外を見た。いつの間にか暗くなっていた窓の外に、赤い光が弾けている。どうやら火災が発生したらしい。奥方様はすぐに部屋を出て使用人の有無を確認した。慌ただしく逃げ惑う使用人に出口を指示し、他に人がいないことを確認すると自分も後に続く。奥方様を先に進ませようとした使用人もいたが、奥方様は聞かずに使用人達の命を優先した。その誠実さと心優しさは、扇様にも受け継がれているのだろう。オーバーラップして見えた。
「っきゃあ!」
「奥方様!」
天井が崩れ、奥方様と使用人達の間に巨大な梁が落ちる。
「お待ち下さい、今助け…!」
「いい、先に進め!」
「っでも、奥方様…!」
「行きなさい!」
怒号のような奥方様の命令に、体を震わせて泣きながら背を向ける使用人達。恐らく、あの奥方様の命に背けるのは舞茶くらいなのだろう。急いで進み、消防隊を早く呼ぶことに決めたようだった。
そして1人取り残された奥方様は、まだ崩れていない来た道を戻り始めた。
「舞茶はここから遠く離れたあの人の元へ向かっている。休みなしで進んでも往復で1日は掛かるだろう。夫は妾が儀式を行う為に外に出ている。使用人達も皆逃した。なら、私の大切な人はここにはいないな」
そう呟くと、自室に戻ってきてそのまま畳の上に四肢を投げ出した。
「これは、罰か?」
答える者のいないくうに向かって呟く。その心には冷たくも優しい雨が降り注いでいた。
「…会いたいよ、××様」
聞き取れない名前を呼んだ後、奥方様は目を閉じた。
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