神様自学

天ノ谷 霙

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12月30日 特別性

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私は呆然と床に座り込んでいた。せん様の言っていることがよくわからない。理解しようとしても脳がそれを拒む。着物が乱れても注意する者はこの部屋にはいない。私はただ扇様が出て行ったドアを見つめていた。
それから何分が経ったのだろう。コンコンとノックの音が聞こえて、はっと我に返る。声を拾うことも忘れて慌てて扉を開けると、そこに居たのは扇様ではなくこん様だった。
「その様子だと、扇はもう?」
「はい。あの、扇様が、血が、その」
言葉が上手く繋げない。息がうまく吸えない。いくつもの想いが溢れて来て、苦しい。そんな私を察したのか紺様は部屋に入り、私を座らせると向かいに腰掛けた。
「そうか。儀式の概要については何も知らされていないのだね」
私が頷くと、考えるような仕草をして紺様は再度口を開いた。
澪愛みおうの女系は、総じて熱に弱いんだ。ずっと昔、先祖に当たる方が火事で亡くなったという文献が残っているためだと考えられている」
紺様の言葉に、炎の光景がフラッシュバックする。初めて深沙ちゃんと一緒にここに来た日、青海川くんとも会って3人に重なる影が見えたあの日。暗闇の中で赤い炎だけが燃え盛っていて、苦しむ人々の声が聞こえた。その中には心の声も混じっていて、後悔の音が耳にこびりついて離れなかった。
「その性質を逆手に取って、儀式の際に僅かな摩擦でも強い熱を帯びる植物で傷を付ける。そうすることで儀式に必要な澪愛の血を集めるんだ」
「そんな…なら、もう必要はないはずでしょう?早く止血しないと…!」
私が訴えると、紺様は悲しそうな顔をしてゆっくりと首を横に振った。
「初めから中間まで、ずっと必要なんだ」
「中間…?」
「…儀式は今日、12月30日の18時から1月1日の6時まで行われる。12月31日の12時まで止血は行われない」
「そんな長い間…死んでしまいます!」
「普通はそうだ。その前に自然治癒が働くし、流れ続けることはない。だが澪愛の家系はそれすらも特殊だ。国花の葉で傷付けられるとその傷口に熱が集中する。連動するように他の部位は冷え、血の流れが緩やかになる。流れ続けるのではなく、一滴一滴が溢れるようになるんだ。儀式の半分を超えるまで、ずっと彼女の血を小さな壺の中に集めることになる」
私はもう、声が出なかった。死なないからと言ってもずっと血を溢し続けるなんて、傷を放置し続けるなんて、到底受け入れられることじゃない。
「澪愛の特別性の誇示の仕方は、これしか無いんだと。そういう考えから伝統として残っている。私には悪しき伝統としか思えないがね」
「…澪愛の特別性が他にもあれば、伝統を変えることが出来る…?」
「そんな簡単にはいかないだろうけど、きっかけを作るくらいは出来るんじゃないかな」
紺様の言葉に、私がここに来た理由がやっとわかったような気がした。衝動に任せて立ち上がり、まっすぐと紺様を見つめてはっきりと声に出した。
「私、扇様のところへ参ります」
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