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12月30日 血
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部屋に戻ると、メイド達は誰もいなかった。部屋に戻る間付いていたメイドも慌しそうに何処かへ行ってしまって、私と扇様の2人きり。椅子に腰掛けて向き合うが、扇様は先程の紺様の言葉が気になっているように考え事に耽っている。私はぼんやりとその姿を見ていた。慣れない社交界の場に出た上、この国の要人またはそのせがれと話をして疲れが出たらしい。あまり頭が回らない。
「…ね、夕音?」
名を呼ぶ声が聞こえて、はっとして顔を上げる。心配そうに私の顔を覗き込む扇様が、私が気付いたことに安堵のため息をついた。
「ごめんなさいね、あんなことに巻き込むつもりは無かったのだけど…」
「いえ、大丈夫です」
そういえば悪口を言われたんだった。すっかり忘れていた。扇様が庇ってくれたことが嬉しくて、その前の話なんて記憶から抜けていた。そんなことを気にしてくれるあたり、やはり扇様は優しい方なのだ。
「それと、今から…」
扇様が話し始めた時、コンコンコンとノックの音が響いた。扇様の顔が緊張に強張る。どうやらノックの回数で誰が来たか分かったらしい。
「どうぞ」
扉が開き、入って来たのは先程見た扇様のお父様だった。会食会場での朗らかな雰囲気は鳴りを潜め、ピリついた空気が走る。お父様は箱から小皿を取り出し、扇様をまっすぐ見つめた。
「そろそろ準備を始める。腕を差し出せ」
「…」
扇様は無言で袖を捲り、右腕を差し出した。お父様はその白い肌に何か葉のようなものを擦り付ける。扇様が苦痛に顔を歪めたと同時に、葉の擦れた箇所から赤い染みが滲み出て来た。それを小皿に受け、底が見えない程度に溜まると箱の中に戻し厳重に封じた。その箱には扇様の腕を傷付けたものと同様の葉が装飾されている。恐らく、国花の葉だ。刺々しいそれは花を守るように鋭い。擦るだけで血を流せるほどに。お父様は怪我の手当てもせず、そのまま部屋を出て行った。その場で膝をついた扇様に駆け寄ると、切り傷が熱を帯びているのに気付く。止血できるものを探すが布どころかティッシュでさえも見当たらない。
「いいの、大丈夫よ、夕音。これは儀式のために必要なだけなの」
「…儀式?」
「そう、年越しの儀。私は今からその準備」
「その前に血を止めなきゃ」
「…止まらないわ。だから、大丈夫」
「…え?」
扇様は曖昧に微笑んで、そのまま部屋を出て行ってしまった。私は呆然とその場に座り込む。今日初めて離れた扇様は、私に不安の種を残して去ってしまったのだった。
「…ね、夕音?」
名を呼ぶ声が聞こえて、はっとして顔を上げる。心配そうに私の顔を覗き込む扇様が、私が気付いたことに安堵のため息をついた。
「ごめんなさいね、あんなことに巻き込むつもりは無かったのだけど…」
「いえ、大丈夫です」
そういえば悪口を言われたんだった。すっかり忘れていた。扇様が庇ってくれたことが嬉しくて、その前の話なんて記憶から抜けていた。そんなことを気にしてくれるあたり、やはり扇様は優しい方なのだ。
「それと、今から…」
扇様が話し始めた時、コンコンコンとノックの音が響いた。扇様の顔が緊張に強張る。どうやらノックの回数で誰が来たか分かったらしい。
「どうぞ」
扉が開き、入って来たのは先程見た扇様のお父様だった。会食会場での朗らかな雰囲気は鳴りを潜め、ピリついた空気が走る。お父様は箱から小皿を取り出し、扇様をまっすぐ見つめた。
「そろそろ準備を始める。腕を差し出せ」
「…」
扇様は無言で袖を捲り、右腕を差し出した。お父様はその白い肌に何か葉のようなものを擦り付ける。扇様が苦痛に顔を歪めたと同時に、葉の擦れた箇所から赤い染みが滲み出て来た。それを小皿に受け、底が見えない程度に溜まると箱の中に戻し厳重に封じた。その箱には扇様の腕を傷付けたものと同様の葉が装飾されている。恐らく、国花の葉だ。刺々しいそれは花を守るように鋭い。擦るだけで血を流せるほどに。お父様は怪我の手当てもせず、そのまま部屋を出て行った。その場で膝をついた扇様に駆け寄ると、切り傷が熱を帯びているのに気付く。止血できるものを探すが布どころかティッシュでさえも見当たらない。
「いいの、大丈夫よ、夕音。これは儀式のために必要なだけなの」
「…儀式?」
「そう、年越しの儀。私は今からその準備」
「その前に血を止めなきゃ」
「…止まらないわ。だから、大丈夫」
「…え?」
扇様は曖昧に微笑んで、そのまま部屋を出て行ってしまった。私は呆然とその場に座り込む。今日初めて離れた扇様は、私に不安の種を残して去ってしまったのだった。
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