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12月23日 霧雨
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どこまでも続くような厚い雲。いつから降っているのかもわからない霧雨が、五十嵐くんの心を冷やしていく。雨が降っていることにすら気付けない、けれど確実に温度を奪っていく雨。そんな雨にずっと晒されていたら、壊れてしまう。長い初恋を経て固まってしまった心は、簡単なものでは壊せない。自分の恋は叶わないと思ってしまったら、幸せな恋なんて出来ないと思い込んでしまったら。そんな悲しいことはないだろう。自分の未来すら諦めてしまうなんて、そんなの苦しいよ。
恋の輝きを伝えるのが私の役目。恋は悲しいばかりじゃない、辛いことばかりじゃない。自分の想いが届かないからって、自分の事を想ってくれる人がいないわけじゃない。諦めて、線引きして、自分を想う人さえ受け入れられなくなったら、きっと誰も幸せになれない。
私は手袋を外し、五十嵐くんの前を通り過ぎて窓際に駆け寄った。目を丸くしている五十嵐くんなんて気にしないで、冷たい風の中に手を伸ばす。指先から冷えていく。手の中にエキゾチックな色彩の、鳥に似た花が現れた。私はその花をぎゅっと握って、半身を五十嵐くんに向ける。
「未来を諦めることが格好良いと思う?気取ってみても、それで輝かしい未来を失ったらもったいないよ」
オレンジ色の花弁の中に、青が混じっている花。ストレリチアの花。五十嵐くんは戸惑いながらもそれを受け取り、じっと花を見つめた。
「恋に臆病になるには早すぎるよ。五十嵐くんのこと、好きな子だっているのに」
「…そんな子、いないよ」
つい確定形で言ってしまったが、即座に否定された。嘘じゃないのに。どうやったら心の曇りが晴れてくれるのだろう。恋で失った自信は、何で取り戻せばいいのだろう。
「稲森さんは、好きな人がいるの?」
「いるよ」
「その人が他の人に取られたら、それが何度も起こったら、君は平気でいられる?」
陽の当たりにくい廊下では、五十嵐くんの顔が影になって表情が読みにくい。虚ろな瞳が、余計に寂しく重く感じさせた。
でも、答えは決まっているから。
「取り乱すだろうね。自分が先に行動しなかったことを恨んで、後悔すると思う」
「なら、最初から恋なんてしなければ…」
「それでも」
五十嵐くんが言い終わる前に、私は私の言いたいことを告げる。
「自分が感じた"好き"を否定したくない」
何度も感じてきた。噂されるのが怖くて、女の子たちに嫌がらせを受けるのが嫌で、自分から距離を置いた。でも羅樹が取られるかもしれないと知って、いてもたってもいられなくなって戻ってきた。早く伝えなきゃって思うのに、今の関係を壊したくなくてずっと先延ばしにしてきた。このままじゃ駄目だとわかっているのに、進めなかった。でもそれは、私の心を否定すること。私の"好き"を閉じ込めること。"好き"という温かい気持ちが消えれば、心はずっと寒くて暗いまま。忘れてしまえば、虹のように歪んだ行動を引き起こしてしまう。
「教えて、五十嵐くん。貴方の恋は、悲しいことばかりだった?」
五十嵐くんは少しだけ硬直した後、ゆっくりと首を横に振った。
「それでも、ボクはもう」
悲しそうに微笑んで、踵を返した。その瞬間伝わってきた気配には、雨が止んだ様子は無かった。
恋の輝きを伝えるのが私の役目。恋は悲しいばかりじゃない、辛いことばかりじゃない。自分の想いが届かないからって、自分の事を想ってくれる人がいないわけじゃない。諦めて、線引きして、自分を想う人さえ受け入れられなくなったら、きっと誰も幸せになれない。
私は手袋を外し、五十嵐くんの前を通り過ぎて窓際に駆け寄った。目を丸くしている五十嵐くんなんて気にしないで、冷たい風の中に手を伸ばす。指先から冷えていく。手の中にエキゾチックな色彩の、鳥に似た花が現れた。私はその花をぎゅっと握って、半身を五十嵐くんに向ける。
「未来を諦めることが格好良いと思う?気取ってみても、それで輝かしい未来を失ったらもったいないよ」
オレンジ色の花弁の中に、青が混じっている花。ストレリチアの花。五十嵐くんは戸惑いながらもそれを受け取り、じっと花を見つめた。
「恋に臆病になるには早すぎるよ。五十嵐くんのこと、好きな子だっているのに」
「…そんな子、いないよ」
つい確定形で言ってしまったが、即座に否定された。嘘じゃないのに。どうやったら心の曇りが晴れてくれるのだろう。恋で失った自信は、何で取り戻せばいいのだろう。
「稲森さんは、好きな人がいるの?」
「いるよ」
「その人が他の人に取られたら、それが何度も起こったら、君は平気でいられる?」
陽の当たりにくい廊下では、五十嵐くんの顔が影になって表情が読みにくい。虚ろな瞳が、余計に寂しく重く感じさせた。
でも、答えは決まっているから。
「取り乱すだろうね。自分が先に行動しなかったことを恨んで、後悔すると思う」
「なら、最初から恋なんてしなければ…」
「それでも」
五十嵐くんが言い終わる前に、私は私の言いたいことを告げる。
「自分が感じた"好き"を否定したくない」
何度も感じてきた。噂されるのが怖くて、女の子たちに嫌がらせを受けるのが嫌で、自分から距離を置いた。でも羅樹が取られるかもしれないと知って、いてもたってもいられなくなって戻ってきた。早く伝えなきゃって思うのに、今の関係を壊したくなくてずっと先延ばしにしてきた。このままじゃ駄目だとわかっているのに、進めなかった。でもそれは、私の心を否定すること。私の"好き"を閉じ込めること。"好き"という温かい気持ちが消えれば、心はずっと寒くて暗いまま。忘れてしまえば、虹のように歪んだ行動を引き起こしてしまう。
「教えて、五十嵐くん。貴方の恋は、悲しいことばかりだった?」
五十嵐くんは少しだけ硬直した後、ゆっくりと首を横に振った。
「それでも、ボクはもう」
悲しそうに微笑んで、踵を返した。その瞬間伝わってきた気配には、雨が止んだ様子は無かった。
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