神様自学

天ノ谷 霙

文字の大きさ
上 下
420 / 812

12月23日 笑顔に重なる恋

しおりを挟む
「…でも結局気付いたのはボクだけだった。長い間想っていたのは、ボクだけだった」
遠くを見つめる五十嵐くんの瞳は、どこか遠い、それこそ昔のことを見ているかのように細められていた。五十嵐くんは過去の出来事をかいつまんで話してくれた。時折目を閉じて思い出に浸っているようだったけれど。幼い頃、親と離れて寂しい思いをしてきた五十嵐くんは、やっと会えた両親と話すこともままならない親戚付き合い中にいとこの紗奈と知り合い、自分を見て寂しさから救い出してくれた彼女に惹かれた。そして再会に胸を躍らせてこちらに引っ越してきたが、紗奈は一目で気付けなかった上進級後に梶栗 竜夜という彼氏が出来てしまった。本当の気持ちを押し殺していた紗奈に、関係が変わることも恐れず好意を伝えた竜夜くん。はたから見てもお似合いな2人だと思う。けれどそのどちらかに恋をしていた人の心中は測れない。確か竜夜くんに告白していた女の子、月宮つきみやさんの心の声も聞いたことがない。五十嵐くんとはまた違う辛さを飲み込んで、それでも前に進んでいるのだろうか。
五十嵐くんは眉尻を下げた笑顔を浮かべ、私の方を向いた。
「紗奈ちゃんが竜夜と結ばれて、幸せそうに笑うのを見て…あぁ良かったなって思ったんだ」
私はこの言葉を聞いて、自分の耳を疑った。好きな人が他の人と結ばれて、幸せそうな姿を見て祝福なんて出来ない。悔しくて、情けなくて、筋違いだと分かっていても相手を恨んでしまいそうだ。だが五十嵐くんはそんなこと1ミリも思わず、ただ良かったと感じたそうだ。
「驚くほどあっさりそう思って、つい笑っちゃったよ。それで、ボクは気付いたんだ。あの幸せそうな笑顔が見られるなら、守れるのなら、ボクは身を引こうって」
私は黙って次の言葉を待った。その様子に気付いたのかいないのか、五十嵐くんは再度口を開く。
「それで、紗奈ちゃんへの想いも友愛に変わった頃、あることに気付いたんだ。ボクを引っ張って、優しい笑顔を浮かべてくれる人が他にもいるって」
「…それが、亜美?」
私の問いに、五十嵐くんは微笑み頷いた。
「残念ながら、桐竜さんも恋人が出来ちゃったけどね」
自嘲するような笑みに、痛々しさを感じる。五十嵐くんはふっと私から視線を外し、遠くを見つめて呟くように言った。
「男は初恋の人を忘れないっていうのは本当なのかもね。桐竜さんに惹かれたのも、あの日見せてくれた紗奈ちゃんと似た笑顔だった。ボクはこれからも紗奈ちゃんの面影を追いながら、誰かを好きになっていくのかもしれない。けど、なんか、もういいかなって思っちゃうね」
私から視線を外したまま固い笑みを浮かべる五十嵐くんから、大きく厚い雲の気配がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...