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東風が運ぶもの 春
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確か、4歳くらいのことだった。親戚付き合いもよくわからないまま、親に連れられて訪れた家。古き良き家屋なんてこともわからず、周りに田畑しかないその家がボクには凄く退屈に見えた。一緒に訪れたお母さんもお父さんもボクを構ってはくれず、それが悔しくて挨拶もせずに拗ねてしまった。周りの大人たちはケラケラと笑っていたけれど、それが余計に腹立たしくて他の部屋に行った。隣の部屋から聞こえて来る喧騒を塞ぐように、持ってきた本を没頭して読んでいた。本といっても子供向けの絵が多くついた簡単なものだったが。10分もしないうちにボクの本に影が落ちていることに気付いた。ふと顔を上げると、目の前にボクと同じくらいの歳の女の子がいた。
「何してるの?」
「え?えっと…本、読んでる」
「おもしろい?」
「おもしろいけど…」
「見せて!」
「えぇ…」
好奇心旺盛らしいその女の子は、ボクの嫌そうな顔なんて気にもせずに隣に寝転がった。ボクはページを最初に戻して、読むように促した。女の子は首を傾げながら、わからない言葉を指して意味を問いかけて来る。何度も読んだ本だったので、ボクはある程度意味が理解出来ていた。教えると瞳をキラキラと輝かせて喜ぶ女の子の横顔が、とても素敵だと思った。
「おもしろかった!ありがとう」
読み終えると満面の笑みで感謝され、ボクの心が温かくなった。先ほどまでの腹立たしさは嘘のように消えていた。女の子はぱっと体を起こすと、外を見てまたその瞳をキラキラと輝かせた。
「ね、遊びに行こうよ」
ボクの手を引いて、女の子は縁側へ駆け寄った。靴もないのに外になんて出られない。外に出るということに頭がいっぱいだったらしい女の子は、慌てた様子でボクを見る。
「こっそり靴を取ってくれば、バレないで外に出られるかも」
見かねてそう言うと、女の子は「秘密の冒険みたい!」とそれは楽しそうに笑った。床の軋む音に気を付けながら忍び足で廊下を歩き、自分の靴を持って縁側まで戻る。その間も繋がれた手は1度も離れることはなかった。しーっと人差し指を唇に当てて悪戯っぽく笑う女の子に釣られ、ボクも声を殺して笑う。広い庭に出て探索をたっぷりした後、1番星が出てる頃にこっそり出てきたことも忘れて玄関から戻ったら、目を吊り上げたお母さん達に怒られたのは、苦い思い出だ。
それから毎年親戚が集まる度、紗奈と名乗ったその女の子に本を読み、冒険に出掛ける。普段家にいない両親のために留守番で外に出ることの少ないボクにとって、彼女が連れ出してくれる外はとても色鮮やかに見えた。春の風のように温かくて優しい紗奈ちゃんは、たくさんのことをボクに経験させてくれた。
けれどボクが8歳になる年に、両親の仕事が更に忙しくなって親戚集まりにすら顔を出せなくなった。ボクは何年も会えない彼女を想って、再会する日をずっと夢見ていた。高校1年生でこっちに引っ越して来るまでは、彼女もボクのことを覚えてくれている。一目見れば気付いてくれる。本気でそう思っていたんだ。
「何してるの?」
「え?えっと…本、読んでる」
「おもしろい?」
「おもしろいけど…」
「見せて!」
「えぇ…」
好奇心旺盛らしいその女の子は、ボクの嫌そうな顔なんて気にもせずに隣に寝転がった。ボクはページを最初に戻して、読むように促した。女の子は首を傾げながら、わからない言葉を指して意味を問いかけて来る。何度も読んだ本だったので、ボクはある程度意味が理解出来ていた。教えると瞳をキラキラと輝かせて喜ぶ女の子の横顔が、とても素敵だと思った。
「おもしろかった!ありがとう」
読み終えると満面の笑みで感謝され、ボクの心が温かくなった。先ほどまでの腹立たしさは嘘のように消えていた。女の子はぱっと体を起こすと、外を見てまたその瞳をキラキラと輝かせた。
「ね、遊びに行こうよ」
ボクの手を引いて、女の子は縁側へ駆け寄った。靴もないのに外になんて出られない。外に出るということに頭がいっぱいだったらしい女の子は、慌てた様子でボクを見る。
「こっそり靴を取ってくれば、バレないで外に出られるかも」
見かねてそう言うと、女の子は「秘密の冒険みたい!」とそれは楽しそうに笑った。床の軋む音に気を付けながら忍び足で廊下を歩き、自分の靴を持って縁側まで戻る。その間も繋がれた手は1度も離れることはなかった。しーっと人差し指を唇に当てて悪戯っぽく笑う女の子に釣られ、ボクも声を殺して笑う。広い庭に出て探索をたっぷりした後、1番星が出てる頃にこっそり出てきたことも忘れて玄関から戻ったら、目を吊り上げたお母さん達に怒られたのは、苦い思い出だ。
それから毎年親戚が集まる度、紗奈と名乗ったその女の子に本を読み、冒険に出掛ける。普段家にいない両親のために留守番で外に出ることの少ないボクにとって、彼女が連れ出してくれる外はとても色鮮やかに見えた。春の風のように温かくて優しい紗奈ちゃんは、たくさんのことをボクに経験させてくれた。
けれどボクが8歳になる年に、両親の仕事が更に忙しくなって親戚集まりにすら顔を出せなくなった。ボクは何年も会えない彼女を想って、再会する日をずっと夢見ていた。高校1年生でこっちに引っ越して来るまでは、彼女もボクのことを覚えてくれている。一目見れば気付いてくれる。本気でそう思っていたんだ。
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