神様自学

天ノ谷 霙

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ココロギフト (短編)

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文化祭という大きな行事を終え、私は進みたい道を決めた。私、高松 淑乃は今年の文化祭で劇の脚本を担当した。今までは読むことが特に好きで、学校行事で頼まれたら書く程度のものだった。普段から自ら書きたい、といった情熱はなく、どちらかというとずっと本を読んでいたいと思っていた。けれど文化祭で、私の書いた通りに人が動いて、演じて、目の前で物語が展開していく。自分の脳内でしか描かれていなかった映像が、色彩と実態を持って鮮やかに流れていく。舞台袖は邪魔になるので、演劇が始まる前に小野くんのいる放送室へ向かった。そこは舞台を斜め上から見ることの出来る特等席だった。声を出さないように気を付けていたが、何度か感嘆の声は漏れてしまったような気がする。マイクからはある程度遠ざかっていたが、そんなことも気にならないくらいに演劇は素晴らしいものだった。くるくると画面が変わり、表情が変わり、緊迫した画面からハッピーエンドへ。1日目も2日目も、舞台袖から見る景色は変わらない。見る演目は変わらない。その筈なのに、その時その時で多少変化する機微が、"生きている人間が演じている"ことを感じさせ、心臓が高鳴った。その経験は私に、もっとたくさんの脚本を書きたいと願わせるには十分だった。利羽ちゃんに勧められて、演じるよりはいいかと引き受けた仕事だった。誰にでも優しい稲森さんなら他のクラスメイトのこともよく知っているし、運動神経も良いから動きの描写に困ったら手伝って貰えると思った。本当にそれだけの理由で、彼女に脚本製作の手伝いを依頼した。彼女は嫌な顔一つせずに引き受けてくれて、放課後共に残ることになった。思いついた描写を話すだけで瞳を輝かせ、褒めてくれる。私の紡いだ言葉一つ一つに感動してくれて、繋いだ展開にわくわくしてくれる。彼女の楽しそうな様子につられて、私も楽しくなっていった。興が乗って書き続けていると、実際に見たことのない戦闘描写に止まってしまった。戦闘をしている、で済ませておくことも出来たのに妥協したくなくて、細かくわかりやすく描写したかった。そのために夕音に騎士の動きをお願いした。そして、私の息が止まるかと思った。
ひらりひらりと体勢を上下左右に大きく動かしながら、凛々しい表情で握り拳を前に突き出す。かと思えばサッと後ろを振り返り、別の場所に向けて拳を突き立てる。何も持っていないはずの拳には剣が、誰もいないはずの教室には大勢の衛兵が、夕音に迫っているかのように見えた。揺れるイチョウ色の髪と、鋭く開かれた紅葉の瞳。私1人で演劇を見ているような、そんな感覚に襲われた。早くこの景色を言葉に書き起こしたいと思った。その後いくつかの場面で夕音に力を借り、やっと書き終えた台本は自身の中でも良い出来栄えだと褒めたくなるような代物だった。
私にこんな気持ちをくれてありがとう。
いつか私の紡いだ言葉を、もう1度貴方に聞いてもらいたいな。
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