神様自学

天ノ谷 霙

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解呪

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まぶたの裏で、誰かの声が聞こえる。それが誰なのか、私はもう既に知っている。声には出さずに、返事をする。
恋音こいねさん」
『貴方って人は…』
恋使の状態だからか、今回は最初から姿が見えていた。膝上丈の緋袴に真っ白な千早。前で結ばれた赤い紐が揺れる。左下でシニヨンから垂れ下がるように結ばれた稲穂色の髪。頭に飾られた彼岸花。手にはこれまた彼岸花を模した錫杖しゃくじょう。普通の錫杖に通っている輪は、鍵束となっている。初代恋使の伏見ふしみ 恋音さん。朱色の瞳が下がり眉に沿って形を変えていた。それが閉じられた後、私を見据えて言った。
『毒を以て毒を制する。狐花はね、自分を守るために毒を持つのよ』
恋音さんは錫杖を2回振ると、にっと笑った。それを引き金に、周りがオレンジの光で包まれていく。その光が私の体に触れる度、じんわりと温もりに覆われ痛みや苦しみが消えていく。
『ネタバラシをすると、貴方の負った呪いの半分は私が負う形になる。そして私はこの通り解毒が出来るから、呪いでは貴方は殺せない。私が負った呪いが全て解ければ、また貴方に残った半分を私が負うから、呪うのを止めれば貴方は快方に向かっていく一方。というわけで、貴方が致死量を超える呪いを受けても生きてたってわけなのです』
恋音さんはまた錫杖を振り、それに合わせてオレンジの光が溢れていく。何度もそれを繰り返す内に、私の中に残っていた辛苦は消え去っていった。
『もう一度リーロと額を合わせて欲しいの。繋がってさえいれば、私が呪いを解けるから』
「わかった」
私が了承し目を開ける寸前、恋音さんは悲しそうに微笑んだように見えた。その表情を確認することはせず、私は再度リーロに近付く。
「ゆうね…さ…」
リーロが心配そうにこちらを見てくるが、私は微笑みだけを返した。再度両手を握り、額を合わせる。今度は何も喉の奥から言葉が出てくることはなく、そのままリーロと波長を繋げることだけを考えた。静かな中で脈だけが聞こえる。それを追い越すように、シャラン、シャランと錫杖の鳴る音が聞こえ始めた。合わせた手から生き物のようにうごめく熱が伝わってくる。その熱が私の中で解かれて、溶けて、減っていくのが分かった。
やがて熱が移動する気配が無くなり、シャランシャランという音が聞こえなくなった。私はゆっくりとリーロから離れた。リーロはゆっくりと目を開けると、稲荷様やカサマの制止も聞かずそのまま体を起こした。
「軽くなってる…」
驚いた様子で視線だけを私に向けるリーロに、笑顔を向ける。
「解けたみたい、だから」
安堵のため息が、皆から漏れた。
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