神様自学

天ノ谷 霙

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12月22日 役目

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カサマと呼ばれた少女は息も絶え絶えになりながら事情を説明してくれた。
私に宿っていた呪いは異常なほどに強すぎること。力の気配から術者は姉神様、虹様であること。彼女は、"こちらの世の者に危害を加える"という神々の世での禁忌を犯していること。そして、それを自覚出来ない程に囚われ、盲目になっていること。自身の屋敷に引き篭り、今までとは比べ物にならない強き呪いの準備を進めていること。
私達はそれを止めるために、虹様の屋敷へと向かっている。
「すまぬ」
何十、何百里という景色が視界に入ることなく流れていく。稲荷様の力を借り、凄まじい速さで虹様の屋敷へと向かっている。その中で、稲荷様は呟いた。
「本来は、標的となっている者を連れて行くべきではないのだが…」
「分かっています。けれど、当事者は私なので」
呪いが届く前に隠れろと言われた。術者本人の前にわざわざ現れるなんて自殺行為であると言われた。
でも。
それでも。
私が行かなければならない、理由があると思った。
隣では稲荷様が唇を噛んでいる。私のことを気負って、苦しんでいる。私はもうたくさんのものを貰ったのに、私は何も返せていない。それが、苦しくて辛い。
4月に出会ったあの日から、8ヶ月が過ぎている。色んなことがあった。キラキラした宝石みたいな恋もあれば、涙で育った恋もあった。報われない恋も、壁を乗り越えた恋も、たくさん、たくさんあった。私自身も進めなくなっていたのに、何度も背中を押して貰った。彼らの恋を見る内に、私も行動したいと思った。伝えたい、と。例え元の関係に戻れなくなったとしても、このままでいるのはもう嫌だと思えるようになった。それは"恋使"となった時から、普通ではありえない経験をして来たからだ。もしそれが無かったら、私はきっと今でも暗闇の中で閉じ込められたままだっただろう。苦しくて、怖くて、幼馴染という関係から抜け出せないままで。いつまでもぬるま湯に浸かって、傷付く未来を恐れて、立ち止まったままだっただろう。
そんな私を変えてくれた"恋使"という役目を、こんな形で終わらせたくない。恋が歪ませたものを、そのままにしたくない。だって、恋がこんなにキラキラしていて、素敵なものだってやっと思い出せたんだ。それを、虹様にも思い出して欲しい。
その役目は、きっと私のものだから。
「着きました!」
カサマの声と共に、風を切る感覚が無くなった。早送りのような景色が定まって、目の前には海が広がっている。
「姉神様は、こちらです」
示された方向は、洞窟のようだった。
この先に、虹様が。
私はぎゅっと手を握りしめた。
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