神様自学

天ノ谷 霙

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12月17日 耐えてくれ

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目覚めて、私は飛び起きる。早退したのにこんなところでフラフラしているだなんて、サボりと疑われても仕方がない。そんなことを考えたが、目眩を起こしたように上半身はふらついた。眠る前より幾分か体は楽になったが、だからといって完全に治ったわけじゃない。頭を押さえながら周りを見回すと、稲荷様はいなかった。代わりとして部屋の隅にいる狐は、丸まって眠っている。
「…稲荷、様…?」
呟く声も、どこか違和感があって。恋使のままだからか余計にこの世から隔離された空間にいるような気がした。悪寒が背筋を走る。苦しくて胸元を押さえ、嗚咽が漏れるのを堪えた。
「夕音」
稲荷様の声がして顔を上げると、先程までの苦しみはすっと消えていった。顔を出したり隠れたり、よくわからない体調不良だと思う。
別の部屋から顔を出した稲荷様は、私の様子を確認するように見つめた。私は飛び起きた理由である不安要素を確認するために、意を決して聞いた。
「あの、稲荷様…どれくらい時間が経ちましたか…?」
不安そうな面持ちで尋ねれば、稲荷様は目をぱちくりと瞬いて、ふっと笑った。
「あまり経ってないぞ。10分もここにいない」
稲荷様の言葉にホッとする。そして私は帰る旨を伝え、その部屋から出ようとする。障子を開けた時、夕音、と呼び止められた。
「しばらく体調不良が続くと思う。だが決して負けるな。折れるな。少しだけでいい。…耐えてくれ」
稲荷様の申し訳なさそうな悲しそうな顔が、やけに印象に残る言葉だった。私は今出来る精一杯の笑顔で肯定の返事を返した。
稲荷様は私の返事を聞いて、微笑んだ。それは私を安心させるための、幼子に対するような慈愛のこもった笑みではなく、痛々しい、絞り出したような笑い方だった。
「では、失礼します」
そう言って案内役として現れた狐について行き、人目につかない場所で恋使の姿を解いた。
"負けるな、折れるな"
まるで体調不良の原因が、作為的なものであるかのような言い方だった。まさか、まさかね。
安静にしていれば、きっとすぐ良くなるよ。
元気になった姿を見せれば、稲荷様も安心してくれるかもしれない。杞憂だったと、ホッとしてくれるかもしれない。
そのためにも私は帰路を少しだけ急ぐことにした。

「稲荷様、彼の者の宿す呪いの力は強すぎます。近付いただけで、側についていた者は眠ってしまいました」
「…そうだな。わたしも側に長いこといることは出来なかった。だからこそ、早急に」
「わかりました」
私が去ったあとの神社で、こんな会話がされているとも知らずに。
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