神様自学

天ノ谷 霙

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鈴の音鳴り響く君の跡 桜

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しゃりん、と音がした。君だ、とすぐに気付いた。何故かというと俺は君に惚れたから。あの時から変わらず鈴のこぼす君の跡を目で追いかけてしまうから。それだけで俺は、案外充分だったんだ。

「ねぇ、水奈月さんが歩くたび鈴の音が聞こえるけど、何か持ってるんすか?」
「鈴…あ、これ」
首から下げた紐を引っ張り出し、服の中から出す。そこには明るいオレンジと鮮やかな水色の鈴が2つ、可愛らしくついていた。
「…お守りなの。貰ったものだから」
その時の切なそうな微笑みに目を奪われた。俺は何も言うことが出来なかった。綺麗で、それはそれはとても綺麗で、場違いな俺は何処か別の世界へ入り込んだのではないかと思う空間だった。
「オレンジは、夕暮の色。水色は、七月の空の色」
小さく呼吸をして、水奈月さんは涙をこぼした。鈴を強く握りしめ、寂しそうに泣いた。
夕暮ゆうぐれちゃん…」
その時俺は焦って、慰めることが出来なかった。ただ目の前で水奈月さんを見て、ハンカチを差し出すことしかできなかった。
その中、途切れ途切れの言葉で聞いたのは、こんな内容だった。
中学の時、仲の良い「日野ひの夕暮」という友人がいたこと。
その友達と高校は別れてしまったこと。
卒業式の日に、鈴を貰ったこと。
そして、今、その友人はこの世にいないこと。
それが二週間前の出来事であったこと。
俺はその話を聞いて何を言えば良かったのだろう。きっと正解なんてないのだろうけれど、俺は答えを出せなかった。どれだけ辛いか一瞬じゃ頭が回らなかった。
どうして、何の罪もない人の命が奪われたのだろう。
どうして、そんな残酷なことを神様は止めてくれなかったのだろう。
神様なんて…いるのだろうか。
それすらも疑う事件だったと思う。
「だから、友達を作るの…ちょっと怖いの」
「…っ」
言葉を繋げることが出来なくて少しの間沈黙が続く。やがて俺は覚悟を決めた。傷付け、傷付けられる覚悟を。
「俺は、友達にはなれないっすかね…?」
すると水奈月さんは焦った様子で立ち上がった。同時に、手を離した2つの鈴が揺れて、しゃりん、と鳴った。
「っ…お、恩人様に、友達になってもらえるなら…っうれしい、よ…!」
精一杯の言葉だったのだろう。必死で、緊張している。その言葉がどれだけ俺の心を軽くしたか、俺の小さな覚悟が別の感情にすり替わり、芽生えたのか、きっと君は知らないだろう。
「えっと、じゃあ普通に…なんすかね?友達になってくださいっ」
笑顔で手を差し出した。恩人様、という言葉に笑っていたのもあるが。
水奈月さんはもう一度椅子に腰を下ろして、静かに笑った。
「っ…こちらこそ、お願い、しま、す」
その言葉は、はっきりと記憶の中に刻まれている。
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