神様自学

天ノ谷 霙

文字の大きさ
上 下
359 / 812

×××

しおりを挟む
私は、ずっとここにいた。主人あるじの言葉に傷付いて、逃げて、気付いたらここにいた。それから生命の波長を感じて、衰弱しきっていた私はそこに逃げ込んだ。主人に教えられたニンゲン、という生物の赤子は、隠れるのにちょうど良かった。私は不思議とその体躯に馴染み、その赤子は私を心の中に取り入れた。ヒトなんて、大切なものを奪っていくいらないもので、無くなってしまえばいいって、ずっと思っていた。けれどその赤子の瞳から見た世界は何故だかキラキラと輝いて、主人様達が与え給うた世界は彩られて見えた。
私は大嫌いだったヒトという生き物が、少しだけ愛おしく感じた。私達にしては瞬きよりも短い間に、そのニンゲンは成長した。主人様に似た薄い薄い稲穂色の髪、朱色の瞳を持ったそのニンゲンは、幼い頃から私の力の影響を受けて育っていた。私もそのニンゲンを通して力を取り戻していたが、どうやら周りのヒトにはそれが奇異に見えるらしい。自重することを覚えたのは、そのニンゲンが8つになる頃だった。そのニンゲンは、ある特定の者を見ると脈拍が早くなり、頬が赤く染まっていた。私は最初やまいかと慌てた。ニンゲンは弱く脆い、そして儚い生き物だと主人様から教わっていた。そして、だからこそ美しい物語を紡ぐのだ、とも。私は脆弱なヒトが美しいことに甚だ疑問を抱いていたが、あれだけ瞳に美しきを映すニンゲンが紡ぐ物語だ。美しくない方がおかしいというもの。そんな風に考え始めていた。そのくらい考えが変わったのは、私が逃げ込んだニンゲンが感受性豊かで、さまざまな心を私に見せてくれたからだろう。そんなニンゲンを失うのは惜しいと思っていた。だからその特定の人物から離れるように促し、避けるような態度を取らせた。けれどそのニンゲンはそれを悔やみ、更に苦しんでしまった。私は理解が出来なかった。病の元凶から離れたというのに、どうしてそんなに悲しむのか。溢れるくらい涙を流すのか。声を殺して泣くのか。どうして、"また会いたい"、"謝りたい"だなんて思うのか。
私はふと、主人様の言葉を思い出した。

ニンゲンに存在するという"恋心"を知りたい。
他の者を見て、何を感じてそう思うのかを知りたい。

そんな主人様の命を、私は拒絶して逃げ出した。怖かったんだ。まだ私が上手く力を使いこなせなかった頃「化け狐」と呼んで猟銃で撃たれたことが忘れられず、主人様が「姉」と呼んで慕う方がニンゲンに失望して引きこもってしまった頃だったから。怖かった。怖かったよ。だって、主人様も同じようなことになるんじゃないかって。私を置いて、ニンゲンを優先して、いなくなるんじゃないかって。
でも、私も知りたくなってしまった。

私が逃げ込んだ"器"、"稲森 夕音"の恋心が、どう動くのかを、知りたくなってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...