神様自学

天ノ谷 霙

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12月4日 異なる時

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SHRから1時間半程経った時、私はやっと帰れると思った。羅樹がいる様子もないし、会わなければ一緒に帰ることもない。携帯に通知もなく、私は少しのがっかりと安堵を胸に下駄箱を出た。羅樹と帰って噂に尾ひれが付かないようにしたは良いものの、やはり意識していると羅樹から連絡がないのは寂しく感じてしまう。面倒な乙女心とかいうやつだ。
もう学校を出れば関係ないとは思うが、外に出ると神社の方向が気になってしまう。最近行ったばかりではあるが、稲荷様が心配なのだ。姉神様のことを語った時の稲荷様は、苦しそうだった。怯えているようだった。
ヒトと神様に流れる時間は、何倍という尺度では表せない程に異なる。いくら恋使として稲荷様に仕えているといっても、私も元はヒトなのだ。寿命は、稲荷様と一緒にいられる時間は、限られている。それは稲荷様のような神様にとってはほんの一瞬で過ぎ去っていく。私が4月から経験してきたたくさんのことだって、稲荷様にとっては呼吸するより早く過ぎ去っていくことで。すぐに移ろい変わる季節とヒトに、神様は執着することが出来ない。刹那の時に執着したところで、失った時にショックを受けるだけだ。最初から気にしなければ、そんな悲しみを感じる必要もなかったのに。
私と関われば関わる程、稲荷様も姉神様の心境に近付いてしまうのだろうか。姉神様はヒトと神様の時の違いすらも忘れて、一瞬の幸せに浸ってしまった。そして、帰れなくなった。苦しみから抜け出せなくなった。私には残される側の気持ちを完全に分かるとは言い切れない。私の周りで先立ってしまったのは、羅樹のお母さんくらいだ。羅樹のお母さんが亡くなったのはいつだったか、もう覚えてもいないくらい遠い昔だ。それでも羅樹が無理して元気なふりをしようとしたことだけは覚えている。1人でだって苦しいのだ。何人も見送って、それでも自分は悠久の時を生き続ける。それはどれだけ辛いことなのか、私には想像が付かない。
私は気が付いたら、大きな赤い鳥居の前にいた。冬なだけあって、6時前ではあるものの周りは闇夜に包まれている。
私は稲荷様に会いに行こうか迷う。もし深入りさせてしまえば、稲荷様も姉神様と同じようになってしまうかもしれない。それは嫌だ。けれど、私は無意識に一歩を神社の中に踏み入れていた。
その時だった。何かが私を包み込んだのは。目が眩むような光に沈みゆく、私の身体。それは一瞬のことで、私には何が何だか分からなかった。
気が付いたら私は、境の曖昧な光の中にいた。
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