神様自学

天ノ谷 霙

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12月3日 お出掛け

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昨日はあの後も眠って、すっかり疲れが取れた。疲れを癒すという名目の振り替え休日なのに、出掛けると言った私を見てお母さんは驚いた様子だった。しかし何も問いかけることはなく、素直に送り出してくれた。私はほとんど手ぶらの状態で、歩きやすさを重視した靴を履き、駅へ向かう。学校へ行く時と変わらない駅で降り、学校へ向かう道を歩く。
高校生になって初めて前を通った時、何かに導かれるように中に入った。ご利益が何か分からないままに、ずっと同じ関係を続けている幼馴染との恋愛成就を祈った。それから、学校のある日は毎日祈り続けた。どうしても、前を通ると1日1回は寄らなくては気が済まない。何故かは分からないけれど、もしかしたら呼ばれていたのかもしれない。
2年生に上がってすぐに聞こえた、あの声に。あの音に。稲荷様の、私を呼ぶ声に。
大きな赤い鳥居と、霜月神社と彫られた扁額へんがくを見つけ、私は中へ一歩、踏み入れる。奥の方で、長い髪を揺らす巫女服姿の女性を見つけた。霙に似た容姿だが、背も髪の長さも違う。霙のお姉さんだ。私は彼女に見つからないように、木陰を縫って稲荷様のいる場所へ向かう。一呼吸おいて、手を振り下ろす。周りで強い風が吹いて、木の葉が揺れてしゃらしゃらと音を立てる。
「きゃっ」
遠くで、高い声の悲鳴が聞こえた。散らかしてごめんなさい、と心の中で謝って、私は奥へ入る。恋使の格好をして、堂々と神様の部屋の前に現れる。門番として部屋の前を守るキツネは、私を見るとスッと部屋の戸を開けてくれた。
「ありがとう」
私がそう呟くと、キツネは礼儀正しくお辞儀をした。私は中に足を踏み入れ、奥に座る稲荷様を見る。水のように曖昧に、けれどそこに確かに存在する神様。私の使える神様。長いまつ毛が頬に影を落としている。俯いている稲荷様の、表情はあまり読めない。
「お久しぶりです。稲荷様」
「あぁ。…久しいな、夕音」
そこでやっと顔を上げた稲荷様は、まっすぐに私を見つめた。
「…お主と、主の周りの恋心はわたしにも伝わっておる。それに夕音が何を感じて、何に困惑しているのかも」
稲荷様は目を逸らさずに続けた。
「だが、わたしに相談するのは間違っておる。わたしは、恋1つ分からぬまま時を過ごしてきた。周りの者の恋心も理解できぬがために、夕音を"恋使"としたのだ。役に立てず申し訳ない…」
「いいえ、稲荷様。私は神様の力を頼りにするためにここに来たのではありません。少し、話がしたかったのです」
私は稲荷様の目の前に正座した。
「少し、お時間宜しいでしょうか」
稲荷様は、ほっとしたように頷いた。
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