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修学旅行4 Tシャツ
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早めのお昼を済ませ、国際通り巡りを再開させる。いたるところにTシャツ屋があり、通りをカラフルに彩っていた。そこで買う人もいれば、もう既に平和祈念公園などで買った人もいた。私はどちらででも買う予定はなく、家族用のお土産を会計する。由芽は「紛れやすいから」と言って、修学旅行最初の方に買っていたが、霙は「皆と一緒は苦手」と言って手に取ってすらいなかった。学年のほとんどが思い出のように買っているのを見て、仲間外れにされた気分にならないこともなかったが、いざTシャツ屋に来ると少し高めに感じてしまい、買う勇気が出ない。奥の方に人影が見覚えのある人影が見えて、私はつい駆け寄ってしまう。
「ら、羅樹?」
私の呼ぶ声に振り返った羅樹は、ふわっと頬を緩めた。
「夕音!どうしたの?あ、夕音もTシャツを探しに来たの?」
「え、あ、いや…」
羅樹を見つけてつい駆け寄ってしまった、なんて言いにくい。何も言わずに駆け出してしまったけど、由芽達は察してくれたらしい。並べられたTシャツの棚の隙間から、近くの店に入って行くのが見えた。
「僕も皆が買ってるのを見て、買おうかなぁって思ったんだけどね。でもやっぱり、やめておこうかな」
一瞬、羅樹が表情を曇らせたのがわかってしまった。羅樹は自分のためにお金を使うことが苦手で、我慢してしまう癖があることを知っていたからだ。片親で育った羅樹は、父親が色々なものを切り崩して生活を成り立たせていたことを知っている。小学校6年生くらいになると、成長した羅樹に安心した父親が、少し仕事の量を増やした。羅樹と共に過ごす時間が、ほとんどないくらいに。近所だったから、ということもあり、私は羅樹が1人でいると寂しそうな表情をすることを知っていた。我慢出来なくて、つい家に連れて帰って来た。
「どうせ家にいても1人なんでしょ?なら、私の話し相手してよ!」
私がわがままを言ったとき、羅樹は「久しぶりに誰かと過ごす」と呟いて、泣きそうになりながら笑った。あの表情を、私は今も忘れることが出来ない。その後、家族ぐるみで付き合いがあったので、羅樹の父親に連絡をし、羅樹と一緒に夕飯を食べた。帰りに父親が寄ってくれる、と連絡があり、羅樹は夜遅くまで私の家にいた。「また今度来た時に返せば良いから」と、お風呂に入れパジャマを貸した。近い年の男の子がいなかったので、ぶかぶかのパジャマに身を包むことになった羅樹は、余った袖で楽しそうに遊んでいた。その後遊び疲れて眠ってしまった羅樹に毛布をかけると、玄関の方から話し声が聞こえた。私はそっと音を立てないように近寄ると、お母さんと羅樹の父親が話しているのが見えた。私に気付いたお母さんが手招きし、側に寄る。
「夕音、羅樹くんとお話しするの、好き?」
「え?う、うん。楽しいよ」
「羅樹くんとご飯、一緒に食べても良い?」
「良いよ?」
私とお母さんのやり取りを目の前で聞いていた羅樹の父親の表情は、もう覚えていない。けれど、少し嬉しそうな泣きそうな声で話していたような気がする。それから羅樹は、私の家でご飯を食べるようになり、羅樹の父親は切り崩さなくても生活出来るようになった。それでも、最初の方のことがずっと記憶に残っているのだろう。羅樹は自分のためにお金を使うことを拒んだ。誕生日やクリスマスのプレゼントは嬉しそうに受け取るが、中二くらいの時には父親にきっぱりと「もういらないから。用意しなくていいよ」と言っていた。自分に使わせるより、働きづめの父に使って欲しい、という羅樹の優しさだった。自分へのご褒美、というものもしない羅樹は、自分に無頓着で、喉が渇いても飲み物を我慢してしまうような子に育ってしまった。自分のために何かを買うことは、無くなっていた。だからだろうか、Tシャツを棚に戻した羅樹に「我慢しなくていいんじゃない」と言ってしまったのは。
「ら、羅樹?」
私の呼ぶ声に振り返った羅樹は、ふわっと頬を緩めた。
「夕音!どうしたの?あ、夕音もTシャツを探しに来たの?」
「え、あ、いや…」
羅樹を見つけてつい駆け寄ってしまった、なんて言いにくい。何も言わずに駆け出してしまったけど、由芽達は察してくれたらしい。並べられたTシャツの棚の隙間から、近くの店に入って行くのが見えた。
「僕も皆が買ってるのを見て、買おうかなぁって思ったんだけどね。でもやっぱり、やめておこうかな」
一瞬、羅樹が表情を曇らせたのがわかってしまった。羅樹は自分のためにお金を使うことが苦手で、我慢してしまう癖があることを知っていたからだ。片親で育った羅樹は、父親が色々なものを切り崩して生活を成り立たせていたことを知っている。小学校6年生くらいになると、成長した羅樹に安心した父親が、少し仕事の量を増やした。羅樹と共に過ごす時間が、ほとんどないくらいに。近所だったから、ということもあり、私は羅樹が1人でいると寂しそうな表情をすることを知っていた。我慢出来なくて、つい家に連れて帰って来た。
「どうせ家にいても1人なんでしょ?なら、私の話し相手してよ!」
私がわがままを言ったとき、羅樹は「久しぶりに誰かと過ごす」と呟いて、泣きそうになりながら笑った。あの表情を、私は今も忘れることが出来ない。その後、家族ぐるみで付き合いがあったので、羅樹の父親に連絡をし、羅樹と一緒に夕飯を食べた。帰りに父親が寄ってくれる、と連絡があり、羅樹は夜遅くまで私の家にいた。「また今度来た時に返せば良いから」と、お風呂に入れパジャマを貸した。近い年の男の子がいなかったので、ぶかぶかのパジャマに身を包むことになった羅樹は、余った袖で楽しそうに遊んでいた。その後遊び疲れて眠ってしまった羅樹に毛布をかけると、玄関の方から話し声が聞こえた。私はそっと音を立てないように近寄ると、お母さんと羅樹の父親が話しているのが見えた。私に気付いたお母さんが手招きし、側に寄る。
「夕音、羅樹くんとお話しするの、好き?」
「え?う、うん。楽しいよ」
「羅樹くんとご飯、一緒に食べても良い?」
「良いよ?」
私とお母さんのやり取りを目の前で聞いていた羅樹の父親の表情は、もう覚えていない。けれど、少し嬉しそうな泣きそうな声で話していたような気がする。それから羅樹は、私の家でご飯を食べるようになり、羅樹の父親は切り崩さなくても生活出来るようになった。それでも、最初の方のことがずっと記憶に残っているのだろう。羅樹は自分のためにお金を使うことを拒んだ。誕生日やクリスマスのプレゼントは嬉しそうに受け取るが、中二くらいの時には父親にきっぱりと「もういらないから。用意しなくていいよ」と言っていた。自分に使わせるより、働きづめの父に使って欲しい、という羅樹の優しさだった。自分へのご褒美、というものもしない羅樹は、自分に無頓着で、喉が渇いても飲み物を我慢してしまうような子に育ってしまった。自分のために何かを買うことは、無くなっていた。だからだろうか、Tシャツを棚に戻した羅樹に「我慢しなくていいんじゃない」と言ってしまったのは。
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