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秋バラの意味 花火
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それから数日間、私は普通に仕事をしていた。10月下旬に入って木枯らしが吹く季節になっても、扇様は相変わらず厚着を嫌うので、扇様のためにゆったりとした服を用意していた時だった。
「花火」
「はい、何でしょうか」
広げた服を畳みながら、扇様の方に顔を向けた。扇様は真剣な顔で、窓際に生けられた秋バラを一輪、手に取っていた。
「花の寿命は短いわね…あっという間だわ」
私の名前を呼んでおきながら独り言のように呟く扇様が不思議で、手を止めて扇様の側に寄った。扇様が手に持っているバラが少し枯れて茶色くなっているのが見えた。私の背中を、冷や汗がつたうのが分かった。
「申し訳ありません。至急、美しい花に生け直します」
「えっ」
私の言葉に驚いた様子で振り向く扇様。どうやら伝えたかったのはそういうことではなかったらしい。それでも枯れた花をそのまま扇様の部屋に飾っていたのは、私の失態だ。反省しなくてはならない。
「…そうね。生け替えるなら、シクラメンが良いわ」
扇様は本当に伝えたかったらしいことは飲み込んだのか、寂しそうな笑顔を浮かべながら呟いた。私は、分かりました、と告げ、広げていた服を箱にしまい、早々に部屋を出る。
扇様の服については後で考えることにして、庭に出る。秋色に色付いた美しい庭園が私を迎える。それが嬉しくて、幸せな気持ちになりながら、片倉くんを探した。庭のことなら私よりも詳しいし、場所だけ聞こうと思った。そう思って探していた時、秋バラの咲く場所を見つけた。もうすぐ散ってしまうのか、茶色くなってしまったものもいくつかあった。それでも一生懸命に咲き続ける赤い花がとても綺麗だった。
「…ですか?じゃあこれは…」
「それは…です。ですがこちらは…」
その時、背後で聞き覚えのある声がした。キースと、片倉くんの声だ。仲睦まじい様子の声だった。私は唇を噛んで、声をかけるのを堪えた。
「秋バラはまだ1ヶ月咲き続けます。丁寧に手入れしましょう」
「はいっ!」
「…キースは、秋バラが好きですか?」
「えっ…は、はいっ…」
「私も好きです。…綺麗ですよね」
片倉くんの声色が柔らかくなった。表情も姿も見ていないけれど、きっと優しい表情をしているのだろうと思った。
「…?何をしているのですか?」
もうここから離れて、昔からいる庭師の方にシクラメンの場所を聞きに行こうとした時だった。キースの不思議そうな声が聞こえた。
「まだそれは枯れてませんが…」
「はい。バラが好きな方に渡そうと思って」
私の足が動きを止める。私は早くシクラメンを生けなくてはならないのに、どうしても動けない。
「…どなたに渡すんですか」
「…さんに」
私はその先が聞きたくなくて、怖くて、その場から離れた。名前はよく聞こえなかった。
「花火」
「はい、何でしょうか」
広げた服を畳みながら、扇様の方に顔を向けた。扇様は真剣な顔で、窓際に生けられた秋バラを一輪、手に取っていた。
「花の寿命は短いわね…あっという間だわ」
私の名前を呼んでおきながら独り言のように呟く扇様が不思議で、手を止めて扇様の側に寄った。扇様が手に持っているバラが少し枯れて茶色くなっているのが見えた。私の背中を、冷や汗がつたうのが分かった。
「申し訳ありません。至急、美しい花に生け直します」
「えっ」
私の言葉に驚いた様子で振り向く扇様。どうやら伝えたかったのはそういうことではなかったらしい。それでも枯れた花をそのまま扇様の部屋に飾っていたのは、私の失態だ。反省しなくてはならない。
「…そうね。生け替えるなら、シクラメンが良いわ」
扇様は本当に伝えたかったらしいことは飲み込んだのか、寂しそうな笑顔を浮かべながら呟いた。私は、分かりました、と告げ、広げていた服を箱にしまい、早々に部屋を出る。
扇様の服については後で考えることにして、庭に出る。秋色に色付いた美しい庭園が私を迎える。それが嬉しくて、幸せな気持ちになりながら、片倉くんを探した。庭のことなら私よりも詳しいし、場所だけ聞こうと思った。そう思って探していた時、秋バラの咲く場所を見つけた。もうすぐ散ってしまうのか、茶色くなってしまったものもいくつかあった。それでも一生懸命に咲き続ける赤い花がとても綺麗だった。
「…ですか?じゃあこれは…」
「それは…です。ですがこちらは…」
その時、背後で聞き覚えのある声がした。キースと、片倉くんの声だ。仲睦まじい様子の声だった。私は唇を噛んで、声をかけるのを堪えた。
「秋バラはまだ1ヶ月咲き続けます。丁寧に手入れしましょう」
「はいっ!」
「…キースは、秋バラが好きですか?」
「えっ…は、はいっ…」
「私も好きです。…綺麗ですよね」
片倉くんの声色が柔らかくなった。表情も姿も見ていないけれど、きっと優しい表情をしているのだろうと思った。
「…?何をしているのですか?」
もうここから離れて、昔からいる庭師の方にシクラメンの場所を聞きに行こうとした時だった。キースの不思議そうな声が聞こえた。
「まだそれは枯れてませんが…」
「はい。バラが好きな方に渡そうと思って」
私の足が動きを止める。私は早くシクラメンを生けなくてはならないのに、どうしても動けない。
「…どなたに渡すんですか」
「…さんに」
私はその先が聞きたくなくて、怖くて、その場から離れた。名前はよく聞こえなかった。
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