神様自学

天ノ谷 霙

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10月5日 頭から離れない

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羅樹のあの行動が気になって、授業が全く頭に入って来なかった。あの光景だけがずっと頭の中でループし続けて、胸を締め付ける。黒板の文字を写すことだけは出来た。しかし、記号をそのまま写す単純作業を繰り返すだけで、その内容を理解するという脳の働きは完全に止まってしまっていた。
「…ね、夕音?」
「…あ、えっ、何?」
紗奈に話しかけられて、慌てて笑顔を貼り付ける。1時間目は化学。実験室の時は出席番号が近い人と同じ班になるので、今入と稲森で近い紗奈と同じ班だ。
「大丈夫?体調悪い?」
「大丈夫だよ。元気、元気!」
小さくガッツポーズをして見せ、笑う。紗奈は心配そうな表情から変わってはくれなかったが、実験の話に変えてくれた。
優しい。申し訳ない。
今は羅樹のことは考えないようにしよう。自分が情けないだけだから。他の人たちに心配させるわけにはいかない。
そう思って実験の準備を始めたが、頭の中から羅樹のあの表情が離れない。考えないようにすればするほど離れない。チラチラとまばたきの度にまぶたの裏に現れる。
「これが…」
「色が…」
班員の声がかろうじて耳に届き、ハッとする。黙っていると、考え込んでしまう。授業に集中しよう。忘れよう。
でも、忘れられない。
だって、羅樹のあの態度は、私が羅樹にしたものと同じだったから。

数日間、羅樹はあの時と似たような態度を続けた。羅樹とこんな話さないのも久しぶりだった。前にあった時は私が避けていたから、罪悪感はあったものの、ここまで苦しくはなかった。
逆に言えば、無視される立場はこんなにも苦しくものなのだと、初めて気付いた。
私は教室に居続けるのもなんとなく嫌で、早々に教室を出た。
何も考えないようにし続けたからか、今日はとてもあっという間に感じた。授業は全然頭に入っていないが、そんなのどうでも良かった。怖かった。羅樹にとうとう嫌われてしまったのではないか、と。
嫌、われた。
頭の中に浮かんだ言葉が、身体中を反響して痛みとなる。歩くのをやめ、力の入らなくなった手をそのまま空中に投げ出す。何の音も聞こえない。視界も歪んで来た。そこから逃げ出したい衝動に駆られ、踵を返して走り出そうとする。けれど足が思い通りに動かなくて、もつれてそのまま倒れる。
危ない、と目を瞑った数秒後、肌に感じた感触は床では無く、人の体温だった。
「…どうした」
「…きた、はらく…っ」
北原くん。そんな簡単な名称を言うことも出来ず、そのまま北原くんに支えられたまま、私はせきを切ったように泣き出す。
「…ひ、っ…く……ぅう…」
声を堪えて泣く。いきなり泣き出した私に困惑した様子を浮かべるわけでも無く、優しく支えてくれた。
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