神様自学

天ノ谷 霙

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10月3日 神社の奥へ

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編茶乃ちゃんが店に来たので、入れ替わりで私はその場を後にする。注文した分のお金をぴったり眞里阿に渡し、店を出る。そしてしばらく歩いて駅に着くと、制服姿の蓮乃くんが柱に寄りかかって待っていた。
「ごめんね、待たせたかな」
「いや、それはこっちのセリフ。俺はあっちの道分かんないし…案内、頼む」
「うん」
蓮乃くんはキャスケットを深く被り、顔を隠すようにして歩き始めた。私はその様子が不思議で尋ねてみると、
「あぁ…これは出掛ける時の癖」
とだけ答えた。顔を隠すのが癖なのは、何かあったのかと疑いそうになったが、過去を詮索してばかりではつまらないし疲れるので、私は別の話題を切り出して、電車に揺られながら他愛もない会話を交わしていた。
~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
「ここだよ。あの時の神社…霜月神社は」
あたりは少し暗くなっていた。もう既に時計は6時を指している。私はここから家が近いから大丈夫だが、蓮乃くんは今来た道を半分ほど戻らなくてはならない。それを心配したが、蓮乃くんは大丈夫だ、と答えるだけだった。
「そっか…ここに、編茶乃が…」
思い出したのか、少し唇を噛むような仕草を見せる蓮乃くん。
「こっち来て」
「あ、あぁ」
私は蓮乃くんの前を歩き、奥の方にある建物に囲まれた中に入って行く。いつも、稲荷様がいる場所。私はそこに入って、蓮乃くんの前で恋使に姿を変えた。蓮乃くんは驚いていたが、控え室と同じような表情だったので、やはり私の姿が見えているようだ。
「夕音…?」
「稲荷様…お久しぶりです」
私が姿を変えると、稲荷様がはっきりと姿を現した。それに対して、隣にいる蓮乃くんも驚く。
「…やっぱり、見えるの?」
「見えるって…この女性が?」
「うん。…稲荷様、あなたなら分かりますか。蓮乃くんが、私の恋使の姿が見えた理由が」
私は稲荷様をまっすぐ見つめた。稲荷様は戸惑った様子だったが、やがて観念したように静かに目を瞑り、深呼吸をした後、また目を開いた。
「夕音も…蓮乃も、お座りなさい。足は崩して構わない」
「…はい」
私が正座をし、その隣に蓮乃くんも正座する。
「蓮乃」
「は、はい」
蓮乃くんの背筋がピンと伸びる。知らない妖艶な風貌の女性の前で、緊張しているようだ。
「私は稲荷。この神社の神をしておる」
「あ、は、はい」
稲荷様は蓮乃くんから視線を外して、私の方を見る。
「さて、蓮乃が…夕音の恋使の姿が見え、かつてのお主と同じように私の姿が見えた理由だな?」
「はい。知っていれば、何か教えてください」
私の静かな気を張った声に、稲荷様はふっと笑って、遠い目をした。そして、ゆっくりと唇を開いた。
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