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203号室 鍋島 あかね

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 私、鍋島なべしま あかねは今日からこのアパートで暮らす。

アパートの入り口の薄汚れた塀に『時計荘とけいそう』と、かろうじて読めるプレートが付いている。

アパート自体も築50年は軽く過ぎているだろうと推測できる位オンボロだ。


…だが贅沢は言ってられない。

私はDV彼氏から逃げる為に役所の人に勧められて、この時計荘に避難しているからだ。

その為に派遣で勤めていた会社に事情を説明して辞めて、貯金を切り崩して暮らしていかねばならない。

事情が事情なので役所の人曰く、生活保護費が少しもらえるそうな。

とても、ありがたい。

私には頼れる家族も友人もいないからだ。


実父は私が幼い頃に亡くなり数年後に母は再婚して妹が生まれてからは、私は家族の枠の外だった。

虐待をされた訳ではないが、疎外感から逃れたくて高校を卒業してすぐに家を出た。

派遣で職を転々としながら7年、今ではこの有様だ。

母ともこの7年、連絡したのは片手で数えられる。


そんな私の心の隙に付け込んできたのが先述のDV彼氏ー粕田かすだ けんだ。

医療事務で働いていた派遣先の病院で患者で来ていた拳に言葉巧みに口説かれて、あっという間に絆されて付き合ってしまった。

そして愚かにもコイツと同棲まで始めてしまう。

一緒に暮らしだして、すぐに奴は馬脚を露わした。

口説いていた時の優しさは消え失せて、服で隠れる場所を殴る蹴るの毎日だ。


住民票を取りに役所に行った今日、私と同じ年ぐらいの役所の女性にDVを見抜かれた。

これ幸いと彼女に相談すると、自分の住んでいるアパートが空いているから大家に相談して一時入居ができないか聞いてみると言ってくれたのだ。

そして大家から許可が出て、着の身着のままここに来て今に至る。


時計荘は2階建ての1階に3室ずつなので、全部で6部屋ある。

階段側から1号室になっていて、私の部屋は2階の一番奥。

つまり203号室だ。

驚くことに203号室以外は入居者がいるらしい。

…オンボロアパートなりに、何かしらの需要はあるのだろう。



「すぐに必要な物はあたしが後から買ってきますので、鍋島さんは家の中でゆっくりしてて下さいね!」


私にここを紹介してくれた彼女ー三木みき めぐみさんに促されて、私は203号室に入った。






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