聖戦を絶つ剱

久守 龍司

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1.聖剣ヴァザメラク

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 今日も石室に入る方法を聞きに回り、さしたる情報を得られないまま昼になった。どの村人に聞いても「諦めろ」の一点張りで、いよいよ取れる手段が限られてきたかとウルタミシュは考えた。一旦仕切り直すかと宿屋に戻ろうとしたその時、背後から声が聞こえた。

「もしかして、あなたが石室に行って聖剣を試したいっていうお嬢さん?」
 ウルタミシュは、自分に掛けられたと思われる若い女の声に振り向いた。

 声の正体は、アッシュブロンドで背の高い女と、ブルネットで背の低い女の二人組だった。二人とも、簡素ながらも質の良い旅装と思われる格好をしているため、この村の人間ではないことがすぐにわかる。かといって長距離を移動したようにも見えないので、おそらく旅人でもない。

 聖剣を試したいお嬢さん、とは自分のことでまず間違いないので、ウルタミシュは頷いた。突然話しかけられて驚いたが、背の高い方の女が手にしている紙を見てもっと驚く。驚きは表情にはほぼ出さなかったが、思わぬところで運が味方するものだ。

「入室許可証よ。もしよかったら行かない? 貸馬車もあるわ」
 確かに入室許可証だ。物凄く怪しいが、石室にも入れませんでしたではお話にならない。素直にその言葉に甘えることにした。


 二人の後を少し離れてついていくと、馬車はすでに村の外に留まっていた。荷車に座席がついたような、あまり上等とはいえないものだったが、あるだけいいだろう。ウルタミシュは警戒を解かず、二人の対面側に座った。

 馬車を引く馬に目をやる。細身で背が高い故郷の馬に比べると、骨太でずんぐりしている。ウルタミシュにとって、イコラントのものは何もかも物珍しかったが、馬もそうだった。そもそもイェセクでは牽引に馬を使わない。大抵ヤクか、ごく稀にマンモスが用いられ、馬はもっぱら乗用だ。
この地域では馬は様々な用途に使役されているようで、馬車もその一つだった。

 ウルタミシュは、乗り合わせている二人組に視線を戻す。突然貸馬車に乗らないかと声をかけてきたものだから、てっきり人攫いの類いかと思って警戒していたのだが……どうも違うように見受けられる。二人とも、身なりが労働者や農民のようには見えないとは当初から感じていたが、立ち居振る舞いも同様だった。富裕層か、少なくとも中産階級の出だろう。探るような視線に気付いたのか、長身の女がウルタミシュに話しかけた。

「そういえば名乗るのが遅れてしまったわね。ジャネット・バロー、一応学者よ。それでこっちが」
「イレーヌ・ラ・トゥールだよ。ジャネットと同じく学者。気軽に名前で呼んでね」
 アッシュブロンドで背が高い方がジャネット、ブルネットの背が低い方がイレーヌか。なるほど学者なら、聖剣が安置されている石室へ入る許可を得ることもできるだろう。
 こちらの名を明かすことは気が進まなかったが、先に名乗られてしまっては仕方がない。ウルタミシュは渋々口を開いた。

「私の名前はバリフィトゥニ・ダァルギーン・ウルタミシュ…………よろしく」
「こちらこそ。ええと、なんというか難しい名前ね。バリフィトゥニが名前でいいのかしら」
「ウルタミシュの方、が」
「あら、ごめんなさい」
 イコラントでは珍妙であるらしい名前を名乗り、その姓と名を取り違えたからか、気まずい雰囲気が馬車内に漂った。空気を和らげるためか、ブルネットの女──イレーヌが会話を繋げようとする。

「ウルタミシュは、どうして聖剣を試しにきたの
? 神聖同盟国の人じゃないでしょ。やっぱり力試しとかなのかな。それとも、換金したかったり」
 イレーヌが矢継ぎ早に質問を繰り出して来る。聖剣と呼ばれるほど有名なら、換金したらすぐ発覚しそうなものだが。

「西方で聖剣と呼ばれている剣を取りに行けと言われ、伝承に従ってこの国に。聖剣の資格は、力ではないでしょう」
「よかった。換金するって言われたらどうしようかと思ったよ。あたし達の立場だと、それは止めなくちゃいけないから」
「ちょっと、イレーヌ。喋りすぎよ」
 イレーヌがジャネットにたしなめられ、イレーヌはおどけたように肩をすくめた。「あたし達の立場」とは何なのか、後で調べる必要があるようだ。この二人、ただの学者ではないかもしれない。

「それにしても、かなりの自信があるようね。長い間、数え切れないほどの人が聖剣を引き抜こうとして、それでも誰も成し得なかったのに」
 またジャネットが訊く。たしかに、石室と聖剣が発掘されて以来、聖剣を手にしようと各地から人が大挙して訪れていたことは聞き込みで知ったことだった。村一番の力自慢だろうが鍵開けの達人だろうが、その人々の全てが肩を落として帰っていったということも。ジャネットの目には、その話を聞いてもなお引き抜けるという揺るがない自信を持つウルタミシュは、奇異に映ったに違いない。

 ウルタミシュにも、納得してもらえるだけの理由があるわけではなかった。いや、ウルタミシュ自身では充分な理由だと確信しているのだが、同時に目の前の二人とっては弱い動機付けと思われるだろうと薄々勘付いていたのだった。

 ウルタミシュが自信満々なのは至って単純なことだった。故郷の権力者──つまり預言者の代理人のことだが──にその年に成人を迎えたばかりの''神の戦士''のうち、最も腕の立つ者が聖なる剣を手にするべしと告げられたのだ。イェセクでは十五歳が成人。その年齢の神の戦士ではウルタミシュが圧倒的に強かったため、聖剣はまず間違いなく抜けるだろうと代理人を含めて多くの人に激励された。大変名誉なことだ。断れるわけもなくすぐに発ち、遠く離れたイコラントの地まで来たというわけだった。

「預言があって、該当したのが私だったから」
 ウルタミシュは細かいことは端折りつつ、信仰心と自信を持って答えたが、やはり意図が伝わりきっていなかったようで、ジャネットは困惑した表情をしていた。

「…………その、信心深いのね」
 ジャネットは慎重に言葉を選んだようだった。別に故郷では信心深い方ではなく、生活に宗教が根付いているため当たり前のことだったが、預言を信じると公言するのは、もしかしてこの辺りではおかしかったのかもしれない。微妙な反応を示され、ウルタミシュはそう思った。


 世間話の筈が、半ば腹の探り合いのようになった会話を続けるうちに距離も進んだようで、貸馬車が停まる。石室の前には、やる気のなさそうな衛兵が一人だけいた。閉鎖といっても、この程度か。ジャネットが衛兵に許可証を見せると、衛兵は適当に頷いて石室への道を指差した。

 石室の廊下は案外広かった。三人が横並びになってもまだ道幅に余裕がある。辺りを見回し、三人分の靴音を響かせながら、薄暗く続くゆるい下り階段を降りていく。松明ではなく、壁に嵌め込まれた発光する魔水晶で明かりをとっているようだ。老朽化であちこち崩れ掛けているところもあるが、遥か昔からあるにしては状態がいい。

 そう長くはない階段が終わり、少し開けた空間が現れる。石室へ着いたらしい。階段もそうだったが、イコラントの建築様式とは全く異なる構造をしている。どちらかというと南方の様式に近いだろう。通路よりはやや湿度が高く、老朽化の理由が容易に想像つく。黄褐色のタイルで覆われた部屋の中央に、簡素な台座があった。台座に斜めに刺さっている長剣が目当ての剣なのだろう。

 ウルタミシュは迷いなく台座の方に歩みを進め、聖剣の柄に手を伸ばす。
柄を軽く握り、刺さっている角度のまま、引いた。

 やはり預言の通りだ。
 抜けた者がいないなど嘘のように引っ掛からず、金属の擦れる音とともに聖剣の姿が現れ始める。思っていたよりも刀身があるようで、ウルタミシュは数歩下がって身体を捻りながら力を込めた。背後で小さく息を呑む声が聞こえた。

「あれが聖剣……聖剣ヴァザメラクなのね」
ジャネットの感動をよそに、無機物なのに固有の名前があるのかとぼんやり考えながら、ウルタミシュは手中にある剣を眺めた。

 聖剣ヴァザメラク。
 特徴的な波打つ銀の刀身は、ウルタミシュの身長よりも頭ふたつ分ほど長い。刀身を除けば一切の装飾が省かれ、華美というよりむしろ無骨といえる造りだったが、何千、何万の年月を経たとは思えないほど少しの劣化も見られなかった。なるほど、これが聖剣と称される理由か。質を保ち続けることができるなら、実用的でもあるだろうとウルタミシュは満足した。

 さて、当初の予定よりは遅れたが聖剣を手に入れることができ、この地に長々と滞在する必要もない。このまま帰らせてもらうとするか。
 目的を果たし、無感動に帰りの支度を始めるウルタミシュに、イレーヌがおずおずと訊ねた。

「…………そのまま持って帰るつもりじゃないよね?」
 敢えて答えるまでもない。そのつもりだ。ウルタミシュは返事代わりに皮袋からボロ布を出し、刀身に巻きつけ始めるが、横から伸ばされたジャネットの手に制止された。ウルタミシュはむっとしてジャネットを軽く睨むと、ジャネットは一瞬怯んだもののすぐに落ち着きを取り戻した。

「聖剣は領主、ひいてはイコラントの聖遺物よ。他国の人間がそう簡単に持ち出していい代物ではないわ」
 引き抜いた者が聖剣の所有者となる、という文言は偽りか。いや、まさか本当に抜いてみせる者が現れるとは思わなかったのだろうが。軽くため息をつき、弱く巻かれたぼろ布を引っ張ってほどき皮袋に戻す。剣も地面に置いた。
 ウルタミシュは、立ち上がってジャネットとイレーヌに相対する。眉を顰め、腕を組んで抗議の声を上げた。

「聖剣なしで国に帰ることは許されない。なにより、所有者は私のはずだ。違うというなら、先程の言葉と立て看板は一体なんのためにある」
 あからさまに苛立ちを表面に出したからか、イレーヌが慌てて弁明を始めた。

「もちろん、正当な所有者はあなただよ。でも、聖遺物に指定されたものを国外へ持ち出せば、国家間の問題になるかもしれない。申し訳ないけど、仕方ないことなの」
 なお訝しげに目を向けるウルタミシュに対し、ジャネットが言葉を引き継ぐ。

「なにせ、引き抜ける人はあなたで初めて。なんとか持ち帰れるように取り計らってみるわ」
 取り繕って話しているようだが、動揺は隠し切れていない。聖遺物については詳しくないが、おそらく偶像崇拝の類だろう。普通に考えて異国の、しかも他宗派の私にそう易々と許可を与えるはずがない。頼んだが取り合ってもらえなかったと告げられるのが関の山だろう。到底期待はできそうになかった。一介の学者が、聖遺物とかいうものの管理について口を出せるほど権力があるとは考えづらい。やはり学者という名乗りには虚偽があるな。

「取り計らう? 馬車での会話のときも違和感を感じたけれど、君たちは何者だ」
ジャネットは一瞬ためらい、イレーヌと何やらアイコンタクトを取った後軽く頷いて答えた。

「私たちは神聖同盟と聖遺物を保持するための組織『同盟守護者』よ。今回は石室の損傷具合を調べに来たけど、正直予想外だったわ」
 既に引き抜かれた聖剣はどうするのかと聞けば、イコラント王国とベルグラン連邦帝国の国境にある同盟守護者の本部で保管するらしい。なんだ、最初から渡す気なんてさらさらないじゃないか。先程の言葉の薄っぺらさに内心呆れながら、そういえば、と聖剣ヴァザメラクにまつわるもう一つの伝承を思い出した。

「例の無い事例だから、あなたにはまた協力して貰うと思う。心配しなくても、必ず聖剣ヴァザメラクはあなたの元へ『帰って』来る」
 やはりこの二人も知っているのだ。知っていて尚所有者から引き離すのは、ウルタミシュと同様に上層部からの指令に従っているためなのかもしれない。

 いつからいたのか、石室の入り口付近に荷運び人が二人控えていた。
 ジャネットが合図を出すと、彼らは聖剣を綿入りの布が敷かれた木箱の中にしまい、担いで石室から出て行った。荷運び人の背を見送った後、これ以上留まる必要はないと判断し、ウルタミシュも足早に石室を出た。

 帰りの馬車はなかったので、村まで歩いて帰らされ、宿に着く頃には日が沈みかけていた。
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